アラキドン酸量を調べ直すよ!

 思いつきから「「肉がほしい」とアラキドン酸についての一考察」などをでっち上げてみたのですが、表の見方がなっていないという初歩的な間違いから、比較が比較になっていないというまったくもってひどい事態に陥っていたのでした。

 まあそのような具合でございまして、標準成分表に載ってる可食部100gあたりの脂質量(g)と、脂肪酸成分表にある脂質1gあたりの脂肪酸総量(mg)、総脂肪酸100gあたりのアラキドン酸量(g)から計算して、各食品可食部100gあたりのアラキドン酸量に訂正しなければならないと思っていたら、脂肪酸組成表(第2表)なんていう便利なものがあることに気づきました。

 脂肪酸組成表の第1表は、ある食品の脂質1gあたりの総脂肪酸飽和脂肪酸量、一価不飽和脂肪酸量、多価不飽和脂肪酸量と、総脂肪酸100gあたりの各脂肪酸量が載っているのですが、この第2表、食品可食部100gあたりの各脂肪酸量が載っているという、今のわたくしのようなものにとっては誠にありがたい代物なのです。べつにこれは隠されていたわけではなく、五訂増補日本食品標準成分表脂肪酸成分表編から第1表から同じように行けるわけで、さっさと気づけよ俺、というだけのことなのでした。

 というわけで、上に挙げている食品それぞれについて可食部100gあたりのアラキドン酸量を第2表から拾ってみれば、

食品名 アラキドン酸(mg)
大根の歯 Tr
サラダ菜 Tr
豆腐竹輪焼き 3
豆腐竹輪蒸し 4
普通乳 6
鶏卵 卵黄 480
鶏卵 卵白 1
えい 15
かわはぎ 6
紅鮭 20
さんま 87
ぶり 160
ほっけ 57
本マグロ赤身 16
本マグロ脂身 170
乳用肥育牛肉もも赤身 36
同 そともも赤身 33
同 ランプ赤身 39
輸入牛肉もも赤身 25
同 ランプ赤身 18
子牛リブロース皮下脂肪なし 32
豚ひれ赤身 30
鶏肉ささみ 25

となります。

 総脂肪酸1gあたりのアラキドン酸量ではかなり数字の高かった卵白やえいなど、可食部100gあたりだとたいしたことなくなってしまいました。これはもちろん食品あたりの脂質量や、総脂肪酸量がすくないからで、たとえば卵白に至っては「Tr」と微量しか含まれていません。これではいかに、総脂肪酸量あたりのアラキドン酸量が多くても、食品あたりに直すと少なくなってしまいます。ポーランドの人が卵白を飲むために店頭に行列を作らなかったのも、むべなるかな、です*1

ちょっとした感想などを

 脂肪酸組成表(第2表)からアラキドン酸量を抜き書きする過程で気がついたのは、魚介類と肉類の脂肪酸組成の違いです。いやもちろん、魚介類であれば多価不飽和脂肪酸が多くて、肉類だと一価不飽和と飽和脂肪酸が多く、多価不飽和脂肪酸は少ないんです、との教科書的な知識はありました。しかしながら、この表からアラキドン酸を探すことで、実感することができたのです。

 というのも、わたくしはこの表を書籍購入してはおらず、わざわざプリントアウトすることもせずに、パソコンの画面上で見ておりました。すると、まあ見てくれればわかりますが、この表は画面上で見るには大きいのです。ちゃんと数字まで見ようと思うと、とても一画面に収まりません。したがって、拡大してスクロールを駆使して見ることになるのですが、その際、アラキドン酸がC20の多価不飽和脂肪酸である、というのが効いてきて、食品名とアラキドン酸量を同時に見ることが出来ないのです。

 まあそんなものは横スクロールをすれば確認できるわけですが、上の各脂肪酸の名称が見えないところで数字を追ってアラキドン酸にたどり着くのが、ちょっとした手間なのです。確かここら辺だとあたりをつけて上にスクロールすれば全然別の脂肪酸で、また戻らなきゃいけないけど今度はどこがあの食品の行だったかわからなくなって、何度か行ったり来たりするはめになります。

 ところが、魚介類になるといい目印ができるのです。アラキドン酸の右隣はイコタペンタエン酸なのですが、魚介類だとこのEPAがものすごく多いです。3桁とか4桁のものすごく大きな数字があったらその左隣を見て、その数字が控えめながらも少し多い、的なところがあったらそこがアラキドン酸なわけです。

 肉類だとこれが逆で、左隣のEPAはほぼ0です。ですので、横スクロールをそれなりにして、右隣が0で自身は2桁前半のかなり控えめな値なら、それがアラキドン酸だとあたりをつけることが出来ます。

 さて、上に挙っている肉類は赤身がほとんどで、これは単純に最初に記事を書いたときの総脂肪酸あたりのアラキドン酸量が赤身のほうが多かったからというだけなのですが、赤身よりも脂身つきのほうを出せ、と思われるかたもいるかもしれません。当然の話です。脂身つきのほうがその名の通り脂質が多いのだから、脂肪酸のひとつであるアラキドン酸だって赤身より多いだろうと、このように考えるからです。

 しかしながら、ざっと見たところ、赤身と脂身つきでアラキドン酸量にそれほどの違いはありませんでした。しかも、「それほどの違いはない」程度の違いの中では、アラキドン酸が多いのはだいたい赤身のほうなのです。たとえば和牛の肩肉では、100gあたりのアラキドン酸量は脂身つきで35mg、皮下脂肪なしで37mg、赤肉で41mgとなっています。脂身だけだとアラキドン酸は0mgです。

 もっとも、これは上に挙がっていたのがほとんど牛肉だからで、豚肉だとまた事情は違うようです。黒豚肩肉だと、脂身つきで72mg、皮下脂肪なしで64mg、赤肉で55mg、脂身だけだと150mgですから。

「肉が欲しい」とアラキドン酸に関する考察をもう一回

 さて、最初に戻って「肉が欲しい」とアラキドン酸に関する考察に入りましょう。植物性食品はもちろん油自体が少ないということもあるんでしょうが、豆類も含めて、アラキドン酸はかなり少ないです。一方、動物性食品では、肉も魚もとりたてて大きな違いはありませんでした。脂肪の多いさんまやぶり、あるいはマグロの脂身などでは、肉類で普通に見られるよりもはるかに多くのアラキドン酸を含有しています。このことから考えると、アラキドン酸からのアナンダマイド生成が、マーヴィン・ハリスいうところの「肉が欲しい」と強く結びついているようには思えません。

 しかしながら、これにはまだ反論もあるかもしれません。

 ひとつには、マーヴィン・ハリスの「肉が欲しい」は確かポーランドで肉に行列する市民の記述から始まりますが、かの地では、詳しくは知りませんが、あまり魚を食べる風習がないのかもしれません。そうであれば、いくら魚を食べて至福感を、といったところで、そんなものは得ようにも得られません。肉を食べて得るより他に方法はないのかもしれません。

 もうひとつは、かの地の歴史の永きに渡って、肉とは家畜化されたウシや豚が主ではないかもしれない、ということです。「ヨーロッパの昔の食」で見た『ヨーロッパの舌はどう変わったか』*2によれば、穀物生産と牧畜の分離が起こって食肉生産が増加するのは、19世紀中頃です。ひょっとしたらそれまでは、主として家畜の肉を食べる生活ではなかったかもしれません。食べるのはうさぎとか、あひるとか、あるいは鴨であったかもしれません。

 第一の点については、同じ動物性食品、しかもヨーロッパでは昔から結構頻繁に食卓に上ったであろうチーズを見ると、少しは参考になるかもしれません。チーズはおおむね可食部100gあたり30-40mgと、アラキドン酸量はそれなりに多く含有しています。上に挙げた肉類でもおおむね30-40mgですから、至福感を得るために肉に行列するなら、チーズを食うために酪農家のもとに行列したっていいはずです。

 第二の点についても見てみましょう。アラキドン酸量は可食部100gあたり、うさぎで140mg、あひるで110mg、うずらで130mg、鴨で170mgとなっています。1羽あたりの単位重量が少ないという問題はありますが、これらではかなり多くのアラキドン酸を含有していることがわかります。ということは、「肉が欲しい」とアラキドン酸の結びつきに関して、第一の点からは否定され、第二の点からは肯定される、と言えるんじゃないでしょうか。

 ちなみに、どうやらアラキドン酸は、肉よりも内臓に豊富にあるみたいで、子牛の肝臓で170mg、腎臓で150mg、豚の心臓で160mg、腎臓で370mgとなっています。ひょっとしたらうさぎやあひるなど小動物で高含量だったのはただ内臓の比率が大きかっただけかもしれず、また、かの地で肉といえば肉自体ではなく内臓である、のかもしれません。だとするとそれはまた、「肉が欲しい」とアラキドン酸の結びつきについて好材料だけど、まあ結局のところ思いつきは思いつきだし、今のところこれで満足なのでした。