高橋久仁子先生の講義を聞いた

 先日、群馬大学の高橋久仁子先生の講演を聞く機会がありました。実のところ高橋先生の話を聞くのはこれが2回目で、1回目である、今から1年ほど前の放送大学面接授業については、講義の1週間後くらいに内容をノートにまとめていたのでした。

 ところが、いつかアップしようと思っている間に訪れた冬は去り、桜が芽吹き、通勤の道にある木々は緑眩しくなり、そして今また、その葉が色づき冬が訪れようとしているのです。月日が経つのは早いものです。

 そうしたわけで、これもきっかけだと思って、多少加筆した上でアップする次第です。

 受講した放送大学の面接授業は、ほかの面接授業の大抵がそうであるように、途中休憩を挟んで概ね10:00〜17:00と結構なみっちり具合で、これを2日行います。対象者は放送大学の学生というだけで、必ずしも栄養や食品を専門にしているわけではありません。

 しかしながら、やはりそれだけの長丁場をやるのですから、かなり詳細な内容であったと思います。先日の専門家を対象にした講演を聞いて、その思いをまた強くしました。

 なのでまあ、僕の拙いまとめでも役立つ人もいるかもしれません。そんな人に届けば幸いです。聞き間違いとか、勘違いとかはあるかもしれませんので平にご容赦を。

以下、時間は遡って2015年のこと

 11/14、21に放送大学群馬学習センターで行われた、高橋久仁子先生の講義を聴いてきました。エビデンスについての細かな数字的な話とか、説得力に富むいろいろ使えそうな話も聞いたのだけど、とりあえずその精神というか、概要をまとめてみましょう。

栄養素を摂ることも大事だけど、出すことも大事。摂るも出すも、車の両輪。

「1粒で〜mg!」「えー、そんなに摂れるのー?」
っていうけれど、「そんなに摂れるなら、なにかいいことがあると思うんですね? それがなにか、悪さをするとは思わないんですね」

例)核酸栄養:核酸はDNAの構成成分なので、全ての細胞に含まれている。ということは、ほとんどの食品に含まれている。
 中心静脈栄養の人には、確かに核酸を注入する。でも普通の人には? 少なくとも高尿酸血症の人は注意しないといけない。(核酸を構成するプリン塩基は代謝されると尿酸になるので)

 たくさん成分を摂る→処理しないといけない→体に余計な負担をかけているかもしれない。代謝機能の落ちている高齢者は特に注意!

 そもそも、老化とともに減少する成分を、食品から摂取したとして補えるとは限らない。

トクホ、機能性表示食品、「健康食品」の問題点

エビデンスの弱さ。

例)トクホコーラのエビデンス
 1日に55gの脂質を摂取させた*1とき、
  ・難消化性デキストリン5gを摂取した*2群……糞中脂質量1.44g/日
  ・コントロール群……糞中脂質量0.77g/日
 つまり、両者で糞中脂質排出量は1.0gの違いもない。この差は有意なんだけど、意味のある差なんだろうか。揚げ物の衣少しはがせばいいのでは?(ちなみに、脂質は1g=9kcal。体脂肪は1kgで7,000kcalと言われています)

(ここら辺賢者の食卓は偉くて、ちゃんと商品のサイトで根拠論文のグラフが見れる*3。これの「脂肪の吸収を抑え、体外への排泄量を増加させます。」のところに「約2倍」と、約2倍排泄させるんだよと見える形でグラフがある。けどタテ軸見ると、1.0g/dayに満たない→1.5g/dayくらいになるのがわかる。誰もタテ軸見ないのかもしれないけど。)

生活習慣の見直しが不要であると錯覚させる

 健康維持の3要素:運動、休養、栄養。この順番大事。過剰摂取のツケはものすごく運動すれば払えるかもしれないけど、運動しないツケ、睡眠不足のツケは栄養では支払えない。これを支払えると考えることが、フードファディズムに結びつくのではないか。

 体重を減らす人がまずすべきこと→運動。次に休養。これでリズムが整い、過剰な食欲を押さえられる。このあと食べ物に行く。一口減らして食べようよ、を合い言葉に。

  • 販売者「食品だから安全です」←無根拠!
  • 消費者「体にいいものが、体に悪いはずがない」←無根拠!

食べ方が大事

 食品それ自体は何らかの価値を持つ。「よくする」「悪くする」のは食べる人の食べ方。
例)玄米は体によい? 悪い?
→米よりも多様な成分を含む。でも、消化性は? 食味は?

 食材の安全を言う会社はたくさんあるけれど、食べ方の安全を言う会社はない。食材はどれだけ安全でも、食べ方の不適切さで病気になるでしょう。
例)1杯で食塩9gが入ったカップめんとか、「添加物がー」って言う前に、食塩相当量を気にしてはいかがか。

  • 野菜は90%が水分。育ち盛りの子どもは好きじゃなくても当たり前。でも、”食べることに慣れていこうね”という働きかけが大事。野菜ジュースのませて野菜摂取させた気になってはいけない。野菜ジュース=野菜、ではない。
  • ”そこそこの健康とほどほどの食生活”で手を打ちませんか?”

本当に危ないものが見落とされている

 メディアに載るのは、添加物、農薬、BSEGMO……。食の安全を真に脅かしているのは、食中毒でしょ!

「安全」と「安心」の混用

  • 安全=科学
  • 安心=感情

 食を提供する側として言えるのは、「安全な食を提供しますので、できれば安心してお召し上がりください」程度ではないか。「安全だから、安心して食べろ」は違う。

 「安全だけど、安心できない」という感情もあるのではないか。

講義最後のメッセージ

(学会などに行くと、機能性の研究に反対なのかといやな顔をされるけれど)食品の機能性研究、おおいにやって欲しい。でも、「だからこの機能性食品を摂ろう」ではなく、ではどうやって食事から摂ろうか、と考えたい。だから、いろいろな食品を偏らずに食べようよ、としたい。

得られたことなど

 勝手に講義をまとめるなら、「よい悪いは食品ではなく、その人の食べ方」という言葉に集約されると思う。トクホや機能性表示食品、「健康食品」の根拠の乏しさ、「健康食品」による健康被害なども語られていたが、やっぱり大きくは、「よい悪いはその人の食べ方」なのだと思う。

 栄養状態、体質は、個人個人で異なる。個人においても、ライフステージ等によっては異なる。一方の人にとって必要で、摂取することが大変有益になるものであっても、他方の人にとっては違うかもしれない。同じ食品が、人によって、あるいは時期や状態によって、よい食品にもなれば悪い食品にもなる。「よい」「悪い」の二分によって食べ物を考えないことが、根本の考え方としてとても大切なことだと思う。

 また、講義を通して、先生は「排出」ということを重要視されていたと思う。「摂るも出すも車の両輪」。「これひとつで〜mg!」と量の多さを宣伝するものが多い(実際は、そう宣伝されてイメージしているだけで、少ししか含まれていない、というのも多そうだけど)が、「そんなに摂って大丈夫なの?」「それが悪さをするとは思わないの?」「それが体の負担になっているとは思わないの?」と問う。ここは僕自身、一般的な過剰症についてはあるとわかっていても、あまり意識していなかった視点であった。

 最後の先生の言葉、「食品の機能性研究は……」は、とても熱い思いが伝わってきて、感動的であった。

「それ、食事摂取基準に書いてありますか?」を合い言葉にしようと、年初めに東大の佐々木敏先生と話したと仰っていたけれども、栄養士の方はこの言葉の意味するところをしっかりくみ取って業務に励んでいただきたい。と、偉そうにしめてみましょう。

*1:なぜ「55g」か。日本人の平均脂質摂取量が55gだから、と。健康栄養調査の平成26年版を確認すると、全員の平均でぴったり55g。20歳以上男女にしても54.3gだから、まあそうでしょ。

*2:これ、講義だと「15g」って言ってた記憶があるのだけど、健康食品の安全性・有効性情報にある特定保健用食品の製品情報ペプシスペシャルでは「難消化性デキストリン5gを摂取」と書いてあるし、キリン メッツコーラにも参考文献で挙がっている同じ論文を見てみても、やっぱり5g摂取とある。だから記憶違いかもしれないので、ここでは「5g」とした。「15g」はペプシスペシャルのほうの安全性試験に15gを配合した炭酸飲料を用いた安全性検査の記述があるので、こっちと混ざったかもしれない。

*3:自社製品を用いた研究ではない参考論文なのに、そのグラフを宣伝に利用する形で商品にくっつけてしまうのはどうか、という批判を先日の講演ではしていたように思うけど、この場合は単純に見れるのは嬉しい。