ピルビン酸の行き先についてのお勉強
砂糖摂取のカルシウム排泄増加説がコメントであったので、google先生に聞いて2, 3適当に見繕ってみれば、
「砂糖摂取で増加したグルコースをTCAサイクルで処理できず、ピルビン酸から乳酸に代謝されてpHダウン、酸・塩基平衡のためにカルシウムが消費される」
という機序を想定しているようです*1。
ピルビン酸から乳酸に代謝されるのって嫌気呼吸のときだよなあ、そういえばどうしてある強度以上の運動をすると「ピルビン酸→アセチルCoA→TCA→電子伝達系」じゃなくて「ピルビン酸→乳酸」の嫌気呼吸になるんだろうかと、おそらくは学生のときに確実に学習したであろう疑問を持ったので調べてみました。
ハーパーさまより通読しやすそうとの理由から購入したリッピンコットくん*2に聞いてみると、それはNADHによるものだと答えてくれました。
グルコースから解糖系を経て生成されたピルビン酸は、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体という酵素によって、アセチルCoAに変換されます。アセチルCoAは、オキサロ酢酸と結合してクエン酸となってTCAに入ると、そのあと運良く恩赦*3が出て糖新生ルートに戻るまで、一生回り続けることとなります。
ところがこの、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体。いつも勤勉に仕事をしているわけではなくて、条件によっては仕事をさぼるときがあるようなのです。うちだけ母親が授業参観に来てくれない、というのもそのときに含まれるんでしょうけど、そういった精神的理由以外にも、アセチルCoAやNADH濃度が上昇したときに、盛大に仕事をさぼるのです。
(ピルビン酸デヒドロゲナーゼを不活性化する)
PDHホスファターゼ*4PDHキナーゼは、ATP、アセチルCoA、NADHによってアロステリックに活性化される。(略)アセチルCoAとNADHはE1*5の脱リン酸化型(活性化型)をアロステリックに阻害する。
(p135)
アセチルCoAやNADHがたくさんあるのは、すでにたくさんのエネルギーがある状態を示しているわけです*6。そんなとき、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体は、今僕が働かなくてもいいでしょと机に突っ伏して睡眠を決め込むわけです。逆に、ピルビン酸の濃度が上昇したときには「ハイここおれの出番」と最大限に働くそうなので、一概にダメな奴ではありません。
さらに、NADHが上昇したときに働かなくなるのは、「高エネルギー=もうエネルギーいらない」というだけではなくて、別の意味合いもあります。
というのも、解糖系ではグルコース1分子につき2分子「NAD+→NADH」の変換がされるのですが*7、このNAD+、在庫がものすごく少ないそうなのです。したがって、生成したNADHは速やかにNAD+に酸化される必要があります。そうしないと、解糖によるATP産生も継続できないのです。
細胞内には限られた量のNAD+しか存在しないので、解糖系が進行するためにはこの反応*8によって生成したNADHはNAD+に再酸化されなければならない。
(p123)
通常の好気呼吸であれば、これはTCAののちの電子伝達系(呼吸鎖)でなされることです。電子伝達系では、NADHより受け渡されたプロトンをエネルギーにしてATPを産生します*9。このときNADHは酸化されNAD+になりますので、再び解糖系で仕事ができるというわけです。
ところが、嫌気呼吸=電子伝達系を伴わないエネルギー生産では、このNADHの再酸化が行われません。ではどうするのか。
ここで行われるのが、ピルビン酸→乳酸への代謝です。この代謝には、NADH→NAD+への酸化が伴います。電子伝達系までいけば高エネルギー*10を生むのに、どうしてこんな無駄なことをしなければならないんだろうかと疑問に思ったものですが、NADHを酸化してNAD+を供給する、解糖系を継続させるために、どうしても必要な反応だったのです。
ではなぜ、ある強度以上の運動を行っていると、ピルビン酸→乳酸代謝が行われるのか。
運動している骨格筋では(略)NADH産生は呼吸鎖の酸化能力を上回る。
(p126)
のだそうです。
そのため、NADH濃度が増加してピルビン酸デヒドロゲナーゼを抑制、さらにピルビン酸←→乳酸の変換酵素である乳酸デヒドロゲナーゼの反応方向が「細胞内のピルビン酸と乳酸の濃度比、NADH/NAD+比によって決まる」ため、ピルビン酸→乳酸方向に反応が進んで、乳酸生成が増加、NADHは酸化され、NAD+を供給することになるわけです。
目的は果たしたので必要ないのだけれど
砂糖にまで話を戻してみれば、以前したお勉強*11を見ると、フルクースはグルコースなら通る解糖系の律速段階をスキップして入ってくるので、ピルビン酸、アセチルCoAを多くもたらして脂肪合成が促進するかもしれないものです。ということは、フルクトースはグルコースよりも多くのNAD+を消費している可能性はあります。でもそれは、電子伝達系の処理能力を上回るほどのものなのでしょうか。あまりそうは思わないけど仮に上回ったとして、どの程度持続的に上回っているのでしょうか。運動中に生成した乳酸は血流に乗って肝臓で速やかにピルビン酸に代謝されてしまうはずだけど、それすらものともしないのでしょうか。それとも、運動による乳酸生成もカルシウム溶出を促すのでしょうか。
本当はわかりたい生理学
生理学の不出来は栄養学のそれを上回るので、酸・塩基平衡とか出てくるとわけわからないのが辛いところ。
*1:適当なのをいくつか読んだだけなので、もっと違うことを言ってるページもあるかも知れません。カルシウムが甘党だから砂糖とくっついて離れない、だからカルシウムが消費される! さらにその錯体が脳神経に悪さをするのです! とか。
*2:リッピンコットシリーズ イラストレイテッド生化学 原書4版
*3:オキサロ酢酸になったときに新王が即位するとか、王に待望の男子が生まれるとかで
*4:2015.11.14 コメントでの指摘を受けて訂正。ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PDH)は、PDHをリン酸化して不活化するPDHキナーゼと、逆にPDHを脱リン酸化して活性化するPDHホスファターゼによって調整されている、という文脈でした。
*6:もちろんATPがたくさんあることも直接的にそういうことを示してる。
*7:ついでに言えば、TCAでも1分子のアセチルCoAにつき3分子のNADHが産生される。
*8:グリセルアルデヒド 3リン酸を代謝した際に生じた「NAD+→NADH + H+」の反応。
*10:1分子のNADHあたり3分子のATP