日本人の米食べ具合 その昔

『「コメ志向」再考』*1のなかで、ジョアン・ロドリーゲスの『日本教会史』なるものから面白い文章が引用されています。

また、シナ、コーリアおよび日本は酒の使用量があまりに多いので、日本では国土の産出する米の三分の一以上が造酒に用いられると断言できる。そのことが民衆の日常の食糧として十分な米がない理由となっている。もし酒、酢、味噌その他米を消費するいろいろな物を米から造らないならば、十分であろうに。

 ジョアン・ロドリーゲスをまったく存じ上げなかったのでwikipediaで調べてみれば、イエズス会の人で、16世紀後半に日本で生活をされていたかたのようですね。

 しかしこの記述はどこまで信頼できるんでしょうか。時代があまりに違うので比較するのもなんだなあと思いますが、平成19年度の食糧需給表によれば、データのある昭和35年からこちら、国内消費量のうち酒などの加工用に用いられるのは、6%がせいぜいです。ロドリーゲスさん本人は「断言できる」と断言しちゃっていますが、1/3が加工用に用いられるというのは、さすがに多すぎるんじゃないでしょうか。

 このように若干の疑問はあるのですが、民衆の食糧として米が十分でないのは確かだったんでしょう。

 時代は下って幕末でも、

 近世の生活史に詳しい鬼頭宏氏によると、幕末期の全国平均の米食率(主食物摂取量のうちの米の比率)は六〇パーセントほどだったことを明らかにしています。
(『日本文化の多様性』p50)

と言います。米が集まってくる都市部では米食率は平均より高いと考えられるので、反面農村では平均より低くなり、

とくに貧しい農民たちは米をつくっていながら、それを食べる量は少なく、日常的には雑穀やその他の食材を混ぜ合わせた混食が常態でした。したがって、農山村地域では米よりもムギやアワ・ヒエなどの雑穀類のほうが主食としての役割が大きかったと見てよいと思います。
(同 p50-51)

と言います。

 いやまっこと日本人は、「米飯悲願民族」であったにせよ「米飯民族」ではなかったのだなあ*2と思った次第なのです。