そういえば過去にもやった、たんぱく質の摂取について

 とあるblogのコメント欄で、「日本人男性のたんぱく質必要量は60g、牛丼で言えば3杯なのだから、気をつけなければ不足する。プロテインでも如何か」なる旨のコメントを見かけて、疑問点が3つ沸き起こったのでした。

たんぱく質60g必要とはいかなる出典か

 まあこれに関しては、それほど他を想像することがなくこれだというのがありました。当たり前です。日本人の習慣的な栄養摂取量の基準値を定めているものと言えば、『日本人の食事摂取基準』以外にないでしょう。

 調べてみればその通りで*1、『日本人の食事摂取基準2010』では12歳以上の男性に関して、たんぱく質の推奨量が60gとありました。

 でもこれ、少し注意が必要だと思うのは、「推奨量」ってとこなのではないかと思うのです。

 推奨量は、その量を摂っていれば97.5%の人はまあ不足することはないでしょうという量です。別の指標に「推定平均必要量」というのがあるのですが、これはちょうどその量を摂っていた場合、不足する確率は50%、充足している確率も50%という量です。推奨量よりも低い推定平均必要量で50%の人が充足しているのだから、仮に60g摂っていないとしても、その人がたんぱく質が不足しているとは必ずしも言えないのです*2

 でも、一応、食事摂取基準を用いて個人の食生活を評価する場合には、推奨量摂っていればまあ安心できる量だし、推奨量以下の人は推奨量を目指しましょうね、ということにはなっています。

牛丼3杯がほぼたんぱく質60gとは本当か

 単純にgoogle先生に聞いてみました。

エネルギー(kcal) たんぱく質(g) 脂質(g) 価格(円)
吉野家*3:並盛り 674 20.4 22.4 280
すき家*4:並盛り 634 21.0 14.3 280
松屋*5:並盛り 743 19.4 26.4 280

 値段とか脂質とかはどうでもいいんですがせっかくなので入れてみたところ、さすが各社、同じ「並盛り」は同一価格で提供しているんだなあ、あとすき家の牛丼は他二社と比較して脂質控えめなのだなあとの、どうでもいい感想を抱きました。

 しかしそれは置いておくとして、各社とも並盛りのたんぱく質はおおむね20g前後で、3杯食べるとほぼ60gになります。

 個人的にはこれは意外で、というのも、ささやかながら栄養価計算をして献立を立てる際、たんぱく質が不足して困ったことは今までありませんでした。それも、普通に家庭で食べるにはちょっと小さいだろうというような魚の切り身、肉の切り身を主菜にしてのことです。たんぱく質の基準値なんで余裕だよーと、高をくくっていたのですが、牛丼3杯ですかそうですか。そう聞くとなかなか手強そうです。

 それでも一応踏みとどまりたいのは、松屋を別にすれば、吉野家すき家もエネルギーが700kcal未満だと言うことでしょうか。

 やはり『食事摂取基準2010』によれば、18歳から49歳までの日本人男性のエネルギーの推定エネルギー必要量は、2,650kcalです。牛丼3杯でもまだ足りない、計算上はほぼ4杯食べてようやく必要量を満たされる。このように言うと、エネルギーの必要量を満たすのも難しく聞こえて来ます。しかし、実際は過大なる体重に悩まれているかたも多い。ということは、牛丼4杯とほぼ同じ、ぱっと聞くと満たすのが難しそうなエネルギー必要量にしても、簡単に満たしちゃってるんじゃないのと言いたくなります*6

 つまりは、牛丼って一見、肉とご飯でエネルギーとたんぱく質が豊富そうだけど、並盛りだとそれほどたいしたことない、ビタミン・ミネラルはもとより、得意分野(?)のエネルギーとたんぱく質にしたところで、それだけ食べてると栄養不良になっちゃうよ! ということでしょうか。

たんぱく質60gとは、気をつけなければ不足する量なのか

 もっとも大切なのはここでしょう。わたしたちはプロテインを使うべきなのでしょうか。

 経験上は、イヤそんなわけないじゃんと思います。先ほども記したように、ささやかな献立作成の経験では、たんぱく質の必要量は気にすることなく満たしていました。牛丼よりも肉々しくない、ごく普通、もしかしたらそれ以下の量と思われる主菜を使ったって満たせていたものが、そんなに難しいわけないじゃないと。

 しかしこれだけでは、残念ながら説得力を持たないでしょう。わたくしが天下に名を馳せた栄養学者であればまた話も別で、狂信者が群れをなして同意してくれるでしょうし、わたくしがアフィリエイトリンクした怪しげな健康食品なども多いに売れるのでしょうが、残念ながらそのようなことはありません。したがいまして、なんとか、ありもしないわたくしの権威以外のものを持ち出して説得力とする他ありません。

 最近の国民健康・栄養調査は栄養摂取量の分布が簡便にしか記されなくなったようなのですが、日本人がどれだけの栄養を摂っているかについて、やはりこれを見るのが一番なのでしょう。

 平成23年度の資料によると、男性のたんぱく質の摂取量は

年齢区分 平均値 標準偏差 中央値
20-29 76.7 28.1 73.3
30-39 72.7 26.1 68.3
40-49 72.6 20.8 70.1
50-59 76.2 23.4 75.1
60-69 78.9 23.2 69.2
20歳以上 74.6 24.0 72.3

となっています。

 20歳以上のところでまとまった数値は見れるのですが、各年齢区分ごとに見ても、平均摂取量は70-75gあって、標準偏差は20-25gあるという傾向は変わりません。

 で、これをどう解釈するべきなのでしょう。

 上に挙げたように、たんぱく質の推奨量は日本人の成人男性で60gです。平均値で推奨量は満たしていますが、標準偏差が20g程度あるので、結構な人数は推奨量以下の摂取量であると言えるそうです。

 しかし、やはり上に挙げましたが、たんぱく質には推定平均必要量という指標もあって、日本人の成人男性のそれは50gです。大雑把に言わせてもらえば、平均値から標準偏差を引けば、各年代ともだいたい50gになります。

 google先生に聞いたところ、平均から1標準偏差とると集団の68.27%がその中に入るそうなのです*7。ということは、(100-68.27)/ 2 で、だいたい16%の人が推定平均必要量以下にいるということでしょうか。

ある集団において、習慣的な摂取量が推定平均必要量よりも低い人びとの割合(%)は、その集団における必要量を充足していない人びとの割合(%)とほぼ一致する。
(『日本人の食事摂取基準2010年版完全ガイド』*8p160)

というので、20歳以上の日本人男性の16%は、たんぱく質の必要量を摂取していないと言えそうです。

まとめ

 16%が結構な割合と考えるか否かは、人によって異なるでしょう。その考えによって、「気をつけなければ不足する」との意見に同意するかどうかも異なると思います。

 個人的には結構な割合だと思いますし、食事摂取基準の完全ガイドでも

給食施設での栄養計画とは、習慣的な摂取量が推定平均必要量以下の割合を2.5%以下にすることを目指すことである。(同 p176)

とありますから、目指すよりもかなり大きな割合が推定平均必要量以下にいると言えるでしょう。

 だから意外に注意が必要である、とは言えるとは思いますが、しかしわたくしのなかでは、普通に生活する人がプロテイン摂取を考慮したほうがいい量とまでは思えません。

 食事摂取基準2010年版では、たんぱく質において、それ以上習慣的に摂取しないほうがよい量としての耐用上限量は定められていません。しかしながら、これは現時点で耐用上限量を定める科学的根拠がまだ不十分だからで、

 40歳以下の健康な成人に1.9-2.2g/kg体重/日のたんぱく質を一定期間摂取させると、インスリンの感受性低下、酸・シュウ酸塩/カルシウムの尿排泄量の増加、糸球体ろ過量の増加、骨吸収の増加、血漿グルタミン濃度の低下などの好ましくない代謝変化が生じることが報告されている。
(『日本人の食事摂取基準2010』p69)

との懸念は表明されていて、2.0g/kg体重/日未満にとどめるのがよいだろうとは言っています。

 普通の生活をしている人*9が安易にプロテインに走るのは、過剰のリスクも含めてどうだろうかと思うのです。それよりは魚や肉の切り身をちょっと大きくするとか、その程度の工夫で十分なのではないでしょうか。

そういえば

 過去に同じようなことをやっていたのを思い出した。

追記

 日本食品標準成分表をざっと見ると、肉でも魚でもだいたい100gあたりたんぱく質20g前後あるので、3食にちゃんと主菜をつける程度の注意でいいような気がしてきた。

さらに追記(2013.06.11)

 doramaoさんが素晴らしい記事でこの内容を取り上げられています。わたくしの記事だけだとどうも誤った結論になってしまいそうなので、そちらに飛ばれることをおすすめします。

 むしろそっちから飛んできたって? そうですよねー。

*1:というか、調べずにたんぱく質の数値くらい出てこいよ、というのが本当なのかもしれませんが

*2:まあ逆に、60g摂っているからといって絶対に充足しているとも言えないのですが

*3:http://www.yoshinoya.com/menu/don/gyudon.html

*4:http://www.sukiya.jp/about/common/pdf/nutrition.pdfhttp://www.sukiya.jp/menu/in/gyudon/100100/index.html

*5:http://www.matsuyafoods.co.jp/menu/gyumeshi/gyumeshi.html

*6:ちなみに、18歳以上の女性でも70歳未満はエネルギー必要量1,900kcalを下ることはないので、牛丼並盛り3杯食べてようやく満たせるエネルギー量と言えます。

*7:経済指標のかんどころ内の、平均と標準偏差

*8:http://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=746100

*9:ちょっと運動している人もここに含む。「軽度ないし中等度の運動(200〜400kcal/日)を行った場合には、たんぱく質必要量は増加しないことが報告されている」(『日本人の食事摂取基準2010』p63)