カルシウムとリンについて

 以前「乳糖不耐症があるからって、牛乳否定しないでね!」というのを書いたのですが、そちらの記事におおむね以下のようなコメントをいただきました。

  • おおざっぱな数字として、牛乳100gあたりに含まれるカルシウムは120mg、リンが100mgである。
  • 吸収率はといえば、カルシウムが40%、リンが60%である。
  • したがって、牛乳100mgを飲んだとき、体内には48mgのカルシウム、60mgのリンが入る。
  • 成長期において推奨されるカルシウムとリンの摂取比率は、1:2であり、成人のそれは1:1である。
  • したがって、牛乳は成長期にはカルシウム源として優れているが、成人期には適していない。牛乳を飲めば飲むほどカルシウムが出て行ってしまう。

 さてさて、困りました。なにぶんにもわたくしは、生理学が得意ではありません。実のところ上記の内容のコメントを読んで、カルシウムとリンの摂取比率についてはどこかでやった記憶があるものの、なんでリンが多いとカルシウムが排泄されるんだっけ? と、その機序についてなんら思い当たるところがなかったくらいです。

 なので、せっかくの機会なので、カルシウムとリンについて少しばかり調べてみました。

摂取比率について

 これについては、学生時代にやった記憶がありましたので、当たるのは簡単です。というわけで学生時代の教科書を探せば、次のような記述を見つけました。

カルシウムとリンの比は1:2から2:1の間がよいとされている。
(『基礎栄養学*1』p131)

 ただ、今の文脈でこの記述をみたとき、気をつけることが2点あると思います。

 1つは、上記に紹介したコメントでは年代ごとの摂取比率について語っていましたが、ここでは特に年代についての記載はないということです。

 もう1つは、実のところ結構重要だと思うのですが、これは摂取比率であって、吸収量の比率ではないということです。

 一般に「摂取量」という場合、それは口にした栄養素の量であって、体内に吸収された栄養素の量のことではありません。たとえば、カルシウムの推奨量は15歳以上の女性で650mgですが、この数字には消化吸収率が加味されてます。

性及び年齢階級別の基準体重をもとにして体内蓄積量、尿中排泄量、経皮損失を算出し、これらの合計を見かけの吸収率で除して、推定平均必要量とした。(略)推定平均必要量を1.2倍して推奨量とした。
(『日本人の食事摂取基準2010*2』p195)

 したがって、15歳以上の女性はカルシウムを650mg摂りましょうと言った場合、体内に入る量ではなくて、口にする量が650mgということです。カルシウムとリンの摂取比率が2:1から1:2がいいと言った場合は、吸収される栄養素の量としてカルシウムとリンがその比であるのがいいということではなく、口にする栄養素の量としてカルシウムとリンがその比になっているのがいいというわけです。

 ですので、コメントに記された年代ごとの摂取比率(成長期はカルシウム1に対してリンが2、成人期は1:1)が仮に正しいとしても*3、牛乳を摂取することによるカルシウム:リンの摂取比は1:1を若干上回っているわけで、成人期において牛乳を否定する根拠にはならないのではないか、と思います。

体内で過剰のリンが骨を弱くする流れについて

 血中カルシウム濃度をコントロールするホルモンといえば、副甲状腺ホルモン(PTH)とカルシトニンです。副甲状腺ホルモンは血中カルシウム濃度を高めるほうに働き、カルシトニンは逆に血中のカルシウム濃度を低めるほうに働く、と、たいていは両者をセットで学ぶでしょう。

 ところが、成人の血中カルシウム濃度のコントロールに関して、カルシトニンは弱い作用しか持たないのだそうです。

 その第一の理由は、カルシトニンが血中カルシウム濃度を下げると、すぐに副甲状腺ホルモンが放出されて、カルシトニンの作用を打ち消してしまうから。第二の理由は、成人は骨へのカルシウム沈着がもともと少ないので、カルシトニンで血中カルシウム濃度を低める → 血中から骨へのカルシウムの移行が促されたとしても、たいした効果を発揮しないからだそうです。

 ゆえに、成人においては、血中カルシウム濃度をコントロールする最大の因子は、副甲状腺ホルモンということになるのだそうです。

 では副甲状腺ホルモンは、いかにして血中カルシウム濃度を高めるのでしょうか。作用する機序は3点あって、ひとつは、ビタミンDの活性化を通した腸管からのカルシウム吸収の増加させること、もうひとつは、腎尿細管でのカルシウムの再吸収を増加させること、最後のひとつは、骨のカルシウムを血中に移行させることです。

 さて、このような副甲状腺ホルモンですが、血中カルシウム濃度だけではなく、血中のリン濃度に関しても、大きな影響を持っているといいます。副甲状腺ホルモンが分泌されると、リンの排泄が促される、つまり、副甲状腺ホルモンは、血中リン濃度を下げる方向に働くそうなのです。

PTH*4は腎臓によるリン酸排泄を大きく増加させることができ、それによって血漿カルシウム濃度と同様に、血漿リン酸濃度の調節に重要な役割を果たす。
(『ガイトン生理学*5』p1040)

 こう聞くと、なるほど、過剰にリンを摂取すると血中のリン濃度が上昇し、それを下げるために副甲状腺ホルモンが分泌される、その結果、リンは排泄されて血中のリン濃度は下がるけれども、骨からカルシウムが溶け出して骨密度が低くなってしまうのだなと、このように早合点してしまいがちです。しかしながら、どうもそうではないようです。

PTH分泌を促進する高リン血症レベルは生理的範囲をはるかに超えている。
(『最新栄養学*6』p393)

 生理学が苦手なわたくしには生理的範囲というのがどの程度なのかつかめないのですが、しかしものすごい言いようです。リンの血中濃度が高くなったこと自体で、副甲状腺ホルモンの分泌が促されることはまずないのでしょう。

 しかしでは、過剰のリン摂取で副甲状腺ホルモンが分泌されることはないのかと言えば、これもそうではないらしいです。実際、ほとんどの臨床試験においては、リン酸の過剰な負荷で副甲状腺ホルモンの上昇が見られる*7と言います。原因は高リン濃度自体ではなく、血中に多くなったリンがカルシウムと結合して塩を形成、それによって血中のカルシウム濃度が下がってしまうから、だそうです。

 血中のカルシウム濃度が下がれば、それを上げるために副甲状腺ホルモンが分泌されます。そうすると、腸管からのカルシウム吸収が増え、腎尿細管からのカルシウム再吸収が促され、骨のカルシウムが血中に移行します。その結果、血中のカルシウム濃度は通常範囲に戻されるわけですが、しかし、骨のカルシウム量はわずかながら減少します。

 体内の過剰なリンは、このような流れでもって、骨のカルシウムを減らしかねない要素を持っているようなのです。

実際はどうなのか

 以上は、理論としての話です。そのような機序が体に備わっているとしたところで、本当にそのように流れるかどうかは、また別問題でしょう。実際のところ、過剰なリンの摂取は骨のカルシウムを減らし、骨を弱くするのでしょうか。

 これについては『最新栄養学』のリンの項目が詳しかったので、そちらを見てみましょう。リンの摂取で副甲状腺ホルモンがどう変化するか、のみならず、実際の骨形成・骨吸収はどのような影響を受けるかについての研究を紹介しています。

 それによると、

  • リン摂取(1,500mg)*8副甲状腺ホルモンの上昇、骨形成マーカーは低下、または不変。
  • 食事にリン酸塩を添加して1週間以上摂取 → 副甲状腺ホルモンは上昇、でも骨の再吸収マーカーは変化なし。
  • その他の研究でも、副甲状腺ホルモンの上昇は見られるが、骨吸収マーカーが有意に上昇することはなし。

とのことです。

 1番上の、骨形成マーカーの「低下」という結果だけは骨形成に関して不利な働きを示していると言えると思いますが、その他の結果については、副甲状腺ホルモンは上昇しているけれども、実際の骨吸収には影響を与えていないのではないか、と考えられます。

このように健康な腎臓を持つヒトが、高リン摂取で骨吸収マーカーが変化するという臨床的な証拠は得られていない。
(『最新栄養学』p393)

 ここで結論としちゃってもよさそうだと思うのですが、一応の予防線を張るためか、しかしながらと本文は続けて、骨代謝回転の骨吸収マーカーにわずかの変化があるから、骨成長に悪影響が及んでいる可能性を否定はできないとしています。

 また、介入研究ではなく横断研究として、デンマークで行われた閉経前後の女性に対する調査も紹介されています。それによると、骨密度と食事中の低カルシウム/リン比に正の相関が見られたそうです。カルシウム量よりも、低カルシウム/リン比と骨量に強い相関が見られたというのが、この研究の興味深いところです。

 現在*9のところ、低カルシウム食なのか、低カルシウム/リン比なのかを調べるために行われた研究は、わずかに1件だそうです。その唯一の研究である、ヒヒを対象にした介入研究では、

低カルシウム-正常リン食を摂取したヒヒでは、骨吸収の増加と低大腿骨灰分を示す組織学的証拠が見られた。一方、低カルシウム-低リン食を摂取したヒヒでは、骨軟化症を示す組織像が得られただけである。(同上)

といいます。

 「骨軟化症を示す組織像」が得られたことが、「得られただけ」と否定的見解を持って語られることなのかどうか、それと比較して「骨吸収の増加と低大腿骨灰分を示す組織学的証拠」が重みを持つことなのかは判断できないのですが、

成長期にある霊長類では、カルシウム/リン比が低い食事のほうが、カルシウムだけが低い食事よりも大きな害をもたらすように見える。(同上)

らしいです。

食事摂取基準さまに聞くと

 本当はこれだけでもよかったんじゃないか、と思う食事摂取基準さまなのですが、各論のリンの項目に骨とのからみが詳しく載っています。

リンの過剰摂取は(略)血清副甲状腺ホルモン濃度を上昇させる。しかし、それが骨密度の低下につながるか否かについては、否定的な報告もある。
(『食事摂取基準2010』p202)

とした上で、カルシウム摂取量が低い場合には、リンの摂取は用量依存的に副甲状腺ホルモンを増加させ、骨吸収マーカーの上昇、骨形成マーカーの低下という研究があって、カルシウム/リン比を考慮入れる必要があると示します。

 では、どのようなカルシウム/リン比であればリスクが高まるのか。食事摂取基準では3つ数字を出しています。

  1. カルシウム/リン比=0.26のとき → 血中副甲状腺ホルモン及び尿中骨吸収マーカーの濃度が上昇
  2. カルシウム/リン比=0.58以上 → 血中副甲状腺ホルモン及び骨代謝マーカーは正常
  3. カルシウム/リン比=0.74以上 → それ以下よりも骨密度が有意に高い

 最終的には、まだヒトでの研究は少ないから、これらをもとにリンの耐用上限量を設定するのは難しいとしています。

 ただ、この数字だけから単純に判断すれば、カルシウム:リン=1:4では骨吸収が盛んだけど、1:2では正常、1:1.3以上ならば、骨密度によい影響がありそうだと言えそうです。

 冒頭にあった牛乳に関するコメントに戻れば、牛乳のカルシウム:リンはざっと1.2:1でしょうか。もちろんほかの食品からも栄養素を摂取するわけで、牛乳だけで摂取するカルシウム:リン比が決まるわけではないですけど、カルシウムとリンの比に関して否定的に語られるいわれはないんじゃないかなあと、このように思ったのでした。

どうでもいいですが

 『最新栄養学』でも『食事摂取基準』でも、カルシウムとリンの絡みについての詳しい記述は、「リン」の項目に書かれています。なんか、カルシウムはリンのことなんか見向きもしてないんだけど、リンのほうはカルシウムのことが気になってしょうがない、そんなリンの片思いを感じてしまいます。頑張れ、リン。

*1:基礎栄養学

*2:日本人の食事摂取基準〈2010年版〉厚生労働省「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書

*3:ちなみに、この記事を書くために参照した資料(『基礎栄養学』『日本人の食事摂取基準2010』『最新栄養学』『ガイトン生理学』)では、年代別のカルシウム・リン摂取比率を見つけることはできませんでした。もちろん、本当は書いてあったけども、見つけることができなかっただけかもしれません。

*4:副甲状腺ホルモンのこと

*5:ガイトン生理学 原著第11版

*6:最新栄養学―専門領域の最新情報

*7:『最新栄養学』p392

*8:ちなみに、平成23年の国民健康栄養調査におけるリンの摂取量の平均値は954mgで、標準偏差は332mg。ただし、加工品からの摂取は含んでいない、はず。

*9:というのは、『最新栄養学』が執筆された当時でしょうけども。