ゆでて出て行く脂肪酸は――調理後の脂肪酸組成変化についての思いつき

 お肉をゆでたり焼いたりすると余分な脂を落とすことができます、というのは結構言われている話だと思うけど、このとき出て行く脂肪酸不飽和脂肪酸が多いのではないかと、ふと思った。脂肪酸は炭素鎖が長ければ融点が上昇し、二重結合の数が多ければ(不飽和度が高ければ)融点が低くなる。だから、焼きはともかく、ゆでて液体になる脂肪酸は融点の低い不飽和脂肪酸が多くて、もしそうであれば、脂肪の摂取総量は減ったとしても、摂取する脂肪酸組成的にはあまりよくないんじゃないかと思ったわけだ*1

 五訂増補日本食品標準成分表によれば、豚ロース脂身つきの100グラムあたりの成分値は

  飽和脂肪酸 一価不飽和 多価不飽和
7.87 7.68 2.21
焼き 9.32 9.31 2.54
ゆで 9.90 9.73 2.78

となっている(単位はグラム)。調理による重量変化率が焼きで72%、ゆでで77%とのことなので、100グラムの生肉を焼けば72グラムの焼肉に、ゆでれば77グラムのゆで肉になるわけだから、

  飽和脂肪酸 一価不飽和 多価不飽和
7.87 7.68 2.21
焼き 6.71 6.70 1.83
ゆで 7.62 7.49 2.14

で比較するのが正しいだろう。そうすると生肉に対する成分変化率はそれぞれ、

  飽和脂肪酸 一価不飽和 多価不飽和
焼き 0.853 0.873 0.828
ゆで 0.969 0.976 0.969

となる。

 うーん、これだと脂肪酸によって特に大きく変わるということはないなあ。

 とはいえ、成分表に「焼き」「ゆで」が収載されている肉類はなにも豚ロースだけじゃない。他に牛肉のリブロース脂身つき、豚のもも皮下脂肪なし、若鶏のもも皮付きともも皮なしがある。それぞれの成分変化率は

リブロース脂身つき 飽和脂肪酸 一価不飽和 多価不飽和
焼き 0.844 0.845 0.891
ゆで 0.882 0.900 0.898
豚もも皮下脂肪なし 飽和脂肪酸 一価不飽和 多価不飽和
焼き 0.890 0.882 0.803
ゆで 0.947 0.936 0.885
若鶏肉もも皮付き 飽和脂肪酸 一価不飽和 多価不飽和
焼き 0.560 0.581 0.571
ゆで 0.687 0.730 0.694
若鶏肉もも皮なし 飽和脂肪酸 一価不飽和 多価不飽和
焼き 0.727 0.747 0.772
ゆで 0.694 0.683 0.687

である。これはやっぱり、変わらないとしか言えない。

 ウィキペディア脂肪酸の融点を調べてみると、脂肪酸成分表に収載されてる豚ロース脂身つきで一番融点が高いアラキジン酸(20:0)で、75.6℃となっている。もっとも、アラキジン酸は豚ロース脂身つき100グラムあたり0.2グラムなので、調理による脂肪酸組成の変化にはほぼ影響を与えないけど、それでも100℃以下だ。多く含まれるパルミチン酸(16:0)とステアリン酸(18:0)は、それぞれ100グラムあたり25.6、16.2グラムで、これらの融点は63.1、69.6℃だ。ゆでで十分液体になる。調理後の変化で脂肪酸組成があまり変わらないのは、融点高い飽和脂肪酸でも十分液体になるからですよ、ということなんだろう。

 50℃くらいのお湯でじんわりやってれば、融点低い不飽和脂肪酸だけが出てくるなんてこともあるのかもしれないけど、誰がそんな得のないことやるんだろう。

*1:摂取する脂肪酸は、飽和脂肪酸:一価不飽和脂肪酸:多価不飽和脂肪酸=3 : 4 : 3がいいなんて言われているから、もし調理損失が不飽和脂肪酸に多ければ、ただでさえ肉類に少ない不飽和脂肪酸がより少なくなっちゃって、あまり健康に寄与しないかもしれない。