『日本型食生活の歴史』への、部分的にしか読んでないから部分的な批判――「日本型食生活」は妥当かについて

農政審提示の「日本型食生活」は妥当かについて

高炭水化物食について

 著者はでんぷん食べろ食べろで、エネルギー比にして65〜85%の高炭水化物食にしなさいといっているけれど、炭水化物はそんないいものではない、という意見があります。

飽和脂肪酸から摂取していたのと同量のカロリーを炭水化物から摂取するようにすると、血中LDL濃度と総コレステロールは低下するが、HDL濃度も低下してしまう(略)LDL/HDL比はあまり変わらないので、心臓病のリスクはわずかしか減少しない。さらに、飽和脂肪を炭水化物に切り替えると、中性脂肪の一種であるトリグリセリドの血中濃度が上昇する。
(「ヘルシーな食事の新しい常識:日経サイエンス」)

 脂肪のうち炭水化物よりも有害だとわかっているのはトランス型の不飽和脂肪酸だけだ。
(同上)

 食事摂取基準さまもそのことを心配されていて、長期にわたる低脂肪・高炭水化物食は冠動脈精神疾患のリスクを高くするのは確実であるとおっしゃっています。

 さらに、高炭水化物食は必然的に低脂肪摂取と結びつきます。このことは、脂溶性ビタミンの吸収に悪影響を及ぼすだけではなく、以前も見たように飽和脂肪酸の摂取不足から脳卒中のリスクを高めます。

ハワイ在住の45歳以上の男性日系人を対象としたコホート研究では、飽和脂肪酸の摂取量が10g/日(3.9%エネルギー)以下だと、総死亡率、がん死亡率、冠動脈性心疾患死亡率、脳卒中死亡率が急増し、10g/日以上の約2倍になることを認めている。
(『厚生労働省策定 日本人の食事摂取基準〈2005年版〉』p52)

 飽和脂肪酸摂取量10g/日ってどの程度のものでしょう。食事摂取基準によると、平成13年度の国民栄養調査に基づく平均飽和脂肪酸摂取量は15.4g/日だそうで、これをクリアしています*1

 残念ながら昭和30年代とかでその種の資料がないのですが、「日本人のコレステロールおよび脂肪酸推定摂取量*2で、一番古くて昭和49年の飽和脂肪酸の推定摂取量が示されています。それによると、昭和49年の飽和脂肪酸の推定摂取量は、16.39gだそうです。

 ものすごく意外なんですけど、昭和49年と平成13年を比べると、昭和49年のほうが飽和脂肪酸の摂取量が多いんですね。なんか考えていた議論の筋道と違うので困るのですが、食の科学No336の「昭和30年代の食事は、はたして模範になるか?」のなかにある、厚生労働省の国民栄養調査から作られた脂肪酸摂取量の年次推移を見てみましょう。

 これを見ると、昭和50年以降は脂肪摂取量がほぼ変わらなくて、平成14年はたまたまかどうか知りませんが、摂取量が減っていることがわかります。調べてみると、平成13年が総脂肪摂取量が55.3g(うち動物性27.2g)、平成18年で54.1g(27.3g)なので、これは近年は一時期と比べるとやや減少傾向にあるということなんでしょう。*3

 で、元に戻って著者が高炭水化物食としてぎりぎり許せる範囲としている昭和45年なのですが、総脂肪摂取量46.5g(うち動物性14.3g)となっています*4。これを先のグラフと見比べてみると、昭和45年は昭和40年よりも増加していて、昭和50年よりはまだ少ない、脂質摂取量の急増している時期といえます。

 単純に昭和49年の飽和脂肪酸摂取量/総脂肪酸摂取量の比*5から、昭和45年、40年、35年の飽和脂肪酸摂取量を計算してみれば、45年は14.8g*6、40年は11.4g*7、35年は7.8g*8となります。飽和脂肪酸は10g/日以下だと、10g/日以上と比較して種々の死亡率が2倍になるわけですから、昭和40年ならぎりぎりセーフということになります。ただ、ご存知のように飽和脂肪酸は動物性脂肪に多く含まれています。先のグラフを見ると、昭和40年までさかのぼれば動物性脂肪の摂取が著しく落ちてくるので、10g摂取できるかどうかは怪しいように思います。

 さらに、著者は根拠として生活習慣病死亡率の増加を挙げていますが、と続くのですが、長くなりまして時間も迫ってまいりましたので、本日のところはこれで終わりにいたします。

本日のまとめ

 ここまでをまとめると、

  • 炭水化物はどうやらそういいもんじゃない。
  • 低脂肪高炭水化物食を続けていると、飽和脂肪酸摂取量の低下から、さまざまな生活習慣病のリスクが高くなる。
  • 飽和脂肪酸摂取量は、おそらく昭和45年レベルなら大丈夫だけど、昭和40年までさかのぼるとちょっと怪しい。

といったところでしょうか。飽和脂肪酸からのみ考えた*9ことと著者の主張*10との相容れる部分を探せば、昭和45年から、前は適当に43年くらいの食生活レベルでというのであれば頷きましょう。もっと脂肪が多くてかまわないと僕は思いますけど。

*1:ちなみに、欧米の研究結果では、飽和脂肪酸摂取量を摂取エネルギーの10%以下、または7%以下にすると、「血漿LDL-コレステロール値低下、体重減少を認めている」のと、その他諸々の事情を考慮して、飽和脂肪酸の上限量は7%エネルギーだそうです。

*2:千葉県立衛生短期大学紀要

*3:だから「現代人は脂肪を摂りすぎる」というよく聞く言説は、どうも事実とは違うようです。

*4:前述の、食の科学No336「昭和30年代の食事は、はたして模範になるか?」

*5:「日本人のコレステロールおよび脂肪酸推定摂取量」と国民栄養調査によれば、16.39/51.6 = 0.318

*6:総脂肪摂取量46.5g

*7:総脂肪摂取量は36.0g

*8:総脂肪摂取量は24.7g

*9:昭和45年の脂肪エネルギー比は19%なのですが、食事摂取基準によれば、飽和脂肪酸だけではなくn-6系脂肪酸の目安量5%エネルギー、n-3系脂肪酸の目安量1%エネルギー、それから平均的な食生活から摂取する一価不飽和脂肪酸の6%エネルギー、さらには脂肪の脂肪酸ではなくグリセロール部分を考慮に入れると、脂肪エネルギー比率は19%となる、とのことです(丸めて20%エネルギーとなっている)。そこから考えると、昭和45年はギリオーケーだけど、それ以上さかのぼると難しいのかもしれない。

*10:昭和30年から45年までがいい食生活だ!