日本人は栄養不良?
『ここがおかしい 日本人の栄養の常識 -データでわかる本当に正しい栄養の科学- (知りたい!サイエンス)』という本では、平成15年の国民健康・栄養調査からエネルギー摂取量等の年次推移にもとづいて、日本人の摂取エネルギー量は年々減少していて、日本人は栄養不良の状態であると言います。
使われている表をエネルギーに関してグラフ化したものが
これなのですが、確かに摂取エネルギーが減少しているのがわかります。日本人の推定平均必要量を年代別にみれば
このようになっています。2003年の摂取エネルギー量が1920kcalですが、それで満たせそうな年代は、子供を別にすれば50歳以上の女性*1と、70歳以上の男性だけになってしまいます。これでは確かに、栄養不良の人がたくさんいると言える状況かもしれません。
しかしこれに関して、ふたつ疑問があります。
ひとつはエネルギー必要量の少ない高齢者が増えていて、一番必要エネルギー量の多い成長期の若者は減っているのだから、日本人平均でみればエネルギー摂取量が減少していてもそれほど不思議はないんじゃないか、ということです。
必要とされるエネルギー量を満たしていても、必要なエネルギー量自体が減っていたら、摂取エネルギーは減るのが道理です。高齢者が増えて若者が減っていれば、仮に必要エネルギー量を摂取していても数字上は摂取エネルギーは減っているように見えるでしょう。
ふたつめはエネルギー摂取量が仮に推定エネルギー必要量を下回っていたとしても、問題があるとは言い切れないのではないか、ということです。
わたくしが学生時代に受けた講義では、ある先生は先に挙げた推定平均必要量の年代別グラフについて、「これは基準体位でみた必要量だからね。おそらくこの量食べているお父さんたちは太っちゃうんだよね」と仰ってました。
食事摂取基準では各年代性別ごとに基準体位というのを定めていて、その体位に向けた必要量を記載してあります。基準体位は各年代性別の中央値なので、メタボが増えていると言われている昨今ですから、中央値自体も理想的な体重よりも高いと考えられるわけです。ですから、その基準体位に求められる必要エネルギーを摂っていたら、理想的な体重よりも太ってしまう、だから本当に必要とされるエネルギーは、食事摂取基準で示されている推定エネルギー必要量よりもおそらく少ないだろうと、その先生は仰ったのです。
したがって、日本人の栄養不良を示す最初のグラフについても、案外理想的な必要エネルギー量は満たしているのではないかと思ったのです。
というわけで、調べてみましょう。
まず第一の疑問を解決するために、年齢階級別になおしてそれを推定エネルギー必要量と比べてみましょう。ちょっと年齢階級の分け方が異なるので、不細工な表なのはご勘弁ください*2。
18-29歳 | 30-49歳 | 30-49歳 | 50-69歳 | 50-69歳 | 70歳以上 | |
---|---|---|---|---|---|---|
推定エネルギー必要量(kcal) | 2650 | 2650 | 2650 | 2400 | 2400 | 1850 |
摂取エネルギー(kcal) | 2118 | 2130 | 2193 | 2215 | 2186 | 1984 |
20-29歳 | 30-39歳 | 40-49歳 | 50-59歳 | 60-69歳 | 70歳以上 |
18-29歳 | 30-49歳 | 30-49歳 | 50-69歳 | 50-69歳 | 70歳以上 | |
---|---|---|---|---|---|---|
推定エネルギー必要量(kcal) | 2050 | 2000 | 2000 | 1950 | 1950 | 1550 |
摂取エネルギー(kcal) | 1673 | 1692 | 1764 | 1790 | 1764 | 1634 |
20-29歳 | 30-39歳 | 40-49歳 | 50-59歳 | 60-69歳 | 70歳以上 |
上が男性、下が女性のものです*3。これをみると、男女ともに70歳以上以外は推定エネルギー必要量より200kcal以上も少ない量しか摂取していないのがわかります。特に若いほどその傾向が強い、とも言えるでしょう。
『ここがおかしい日本人の栄養の常識』でもそのことは触れていて、「20代女性の栄養状態は最悪」(p30)「高齢者に栄養低下はみられない」(p43)としています。どうも高齢化が進んだゆえの、数字上の摂取エネルギー量減少というわけではなさそうです。
次に、ふたつめの疑問に移りましょう。ひとつめでは、確かに各年代で推定エネルギー必要量を下回っていることがわかりましたが、果たしてそれが、意味のあることなのでしょうか。
食事摂取基準の基準体位は、以下のようになっています。
年齢 | 男性 | 女性 | ||
---|---|---|---|---|
基準身長 | 基準体重 | 基準身長 | 基準体重 | |
18-29歳 | 171.0 | 63.5 | 157.7 | 50.0 |
30-49歳 | 170.0 | 68.0 | 156.8 | 52.7 |
50-69歳 | 164.7 | 64.0 | 152.0 | 53.2 |
70歳以上 | 160.0 | 57.2 | 146.7 | 49.7 |
これでBMIを計算すると、以下のようになります。
年齢 | 男性 | 女性 |
---|---|---|
18-29歳 | 21.72 | 20.11 |
30-49歳 | 23.53 | 21.43 |
50-69歳 | 23.59 | 23.03 |
70歳以上 | 22.34 | 23.09 |
ご存知のように、BMIは18.5〜25未満が標準と言われ、22.0が理想とされております。意外なことに、現在の基準体位=現在の日本人の中央値は、男女各年代でほぼ理想的なBMIになっているようです。
つまり、「これは基準体位でみた必要量だからね。おそらくこの量食べているお父さんたちは太っちゃうんだよね」というようなことはなく、必要量摂っていればほぼ理想的な体重を維持できるであろうということになります*4。とすれば、第一の疑問でみたように、各年代で摂取エネルギー量が推定エネルギー必要量を下回っている現状だというのは、当初のわたくしの認識とは相違して、栄養不良までいくかどうかはともかく、結構な問題であると言えてしまうのでしょう。
本日のまとめ
- 日本人のエネルギー摂取量は、1970年あたりをピークに以後は減少している。
- 20歳以上の男女をみると、70歳以上の男女で推定エネルギー必要量を満たしているほかは、すべての年代で不足している。
- 推定エネルギー必要量を算出するもとになっている基準体位は各年代の中央値であるが、男女すべての年代でほぼ理想的な体型をしている。
- だから日本人は、栄養不良である。のかもしれない。