「学校給食」と映画「未来の食卓」

 映画「未来の食卓」を見ました。

 映画は冒頭、ユネスコの会議の場面から始まります。そこでは、どうやら化学物質によってヒトの健康が害されていて、今の若者は近代始まって以降、初めて親世代よりも寿命が短くなるかもしれないと語られます。そのあとフランスは片田舎のある村で、給食をオーガニックでまかなうことにした取り組みをメインに、合間合間にユネスコ会議、村での会議、農家や学者の話が挟まれる構成になっています。

 とにかく化学物質の怖さが強烈に語られていて、この映画の勧めるようなオーガニックに対する賛同や共感以外の興味から見に行ったわたくしでも、見たあとはこりゃあ化学肥料とか農薬とか使ってる場合じゃないだろうと思わされてしまいます。ミイラ取りがミイラになって、ほかのやつもミイラにしてやろうかとブログに映画絶賛の記事なんかを載せてしまいそうになるのです。

 ところが、冷静に思い返してみれば、実はこれ普通の「オーガニック=健康」という図式でイメージされるような、食品とわたしたちの関係を描いたものではないんじゃないかという気がしてきました。

 と言いますのも、化学物質に対する健康被害は映画内でさんざん語られていますが、ほとんど農家が被害者なんです。作物にまく農薬を調合する際に、どうしても吸い込んでしまう。その被害(?)で、たとえば農薬を使用したあと三日間は鼻血が止まらなくなってしまう人や、残念ながら、病気にかかってなくなってしまう人がいる、というのです。

 もちろんそれはそれで、事実であれば大変だと思いますし、口にするときに安全で危険な仕事は他人がやってくれるからいい、というわけにはならないとは思います。しかしながら、たぶん、有機野菜を買う多くの人が思う「健康」イメージって、食品を口にする自分や家族に関することじゃないかと思うので、このことが映画内で指摘されていない*1のは、結構重要なことなんじゃないかと思います。食品に関して化学物質が指摘されたのは、冒頭のユネスコ会議のあと、まだオーガニックになる前の給食を食べる子どもたちの場面で、その子どもたちが食べるたとえばパンには、こういった化学物質が含まれています、と示された場面だけではないでしょうか。含まれていることを示しただけで、それによる健康被害を示したわけではありません*2

 それから、村の会議も気になります。会議中に看護士をされているというかたが「何十年と看護士をしてきたけれど、今ほどがんに苦しんでいる若者が入院していたときはない」という趣旨の発言をされます。しかし少なくとも日本では、以前見たように年齢調整死亡率でみるとがんの死亡率というのは増えていません。

 ただ、それだけでは自信が持てなかったので、がん研究振興財団にあるがん統計を見てみました。こちらの36ページから始まる「年齢階級別がん罹患率推移」の全がんグラフを見ると、

このようになっています。1980年と比較して2002年は、残念ながら女性で若干若年層*3で増えているようです。ただ、

男性では60歳以上での罹患率増加、女性では80歳以上で増加しているのを除いて罹患率の大きな変化はない。

と仰られているように、それほど大きな変化ではありません。

 また、やはり以前見たFood, Nutrition, Physical Activity and the Prevention of Cancerでもわかるように*4、食事由来の発ガンリスク上昇に関する化学物質って、水道水中のヒ素と加工肉*5くらいしか見つかりません。農薬に関してはADI等基準値もありますし、本当に健康への影響が大なのかどうか、疑問が残ります。

話は続いているけど、「学校給食」

 話は変わって、「学校給食」2009年9月号では、「日本的規模で地産地消を考える」という記事が載っています。給食業務をするうちに食品添加物の健康への影響が気になり始め、さらには野菜や果物への農薬が気になって、学校給食に有機農作物を取り入れたかたが書かれています。

 そのかたは最初、有機農法でりんごを栽培している農家に給食にりんごを使わせて欲しいと言ったところ、断られたそうです。断った農家は、以前別の学校に有機栽培したりんごを持っていったところ、形が不揃いで給食には使えないと断られた経験があって、

それ以来、(略)給食では農薬を多く使用しても形が均一化され見た目が美しい毒りんごを食べさせる場だと思っているそうだ。

 また、有機栽培に取り組んでいる生産者とともに、子どもたちの食教育に取り組んでいるそうです。5年生を対象とした水俣反農連の取り組み*6をした際の子どもの感想で

水俣市の人たちが有機農業をしているのは、自分が毒のせいで病気にかかったから、それで毒はいれずにやっているんだと思った。

(略)先生の話をきいて印象に残ったことがあります。それは、先生があきらめることなく児童に農薬を使わない野菜を食べさせてあげることです。ぼくは、先生は児童を、より大切にしているんだなと思いました。

というものが紹介されています。ここら辺に見る「農薬=毒」という強烈な意識は、映画にも通じるところがありますが、果たしてこれは正しいのでしょうか。

 前述したADI等基準値のこともありますし、

 有機農業が盛んな英国では、すでに政府機関が科学的な検討をしており、食品基準庁が二〇〇三年「有機食品が通常の食品に比べて、より安全とかより栄養があるという科学的な証拠は現時点ではない」という見解を明らかにしています。
(「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書)」p141)

(現在農薬を使っていない有機農家は)農薬に関する最新知識を持ちません。彼らが語る危ない農薬、危ない農業は、往々にして二〇年前、三〇年前の農薬の姿です。(略)現在は多くの毒性試験をクリアしないと農薬として使用を認められません。農薬の安全性は格段に上がっています。
(同 p145)

とも言います*7

 残念ながらわたくしは農薬に無知ですので、使用する農家自身への被害だとか、映画内で語られていたような地下水への影響等環境負荷に関しては、なんとも言えません。ですので、それらの理由からオーガニックイズベストだと言われてしまうと、うーうー唸ること以外できないのが現状です。

 しかしながら、少なくとも食品を口にしたときの健康への影響に関しては、現段階ではおそらく低いんじゃないかと思うのです。したがって、農薬は毒だ毒だとの感想を抱いてしまうような教育を子どもたちにするのはどうかと思いますし、そのような印象を抱かせる映画も、単体で視聴してそれだけに止まってしまうのは、あまり好ましくないと思うのです。

忘れないためのメモ

 公開されたらeatripも見たい。マウスポインタが変えられたりするイヤなページだけど。

*1:あるいは、悪く言えば誘導されている

*2:「〜が懸念されている」との指摘はありました。

*3:勝手に50歳未満としてみる。

*4:もちろん今回も医療ジャーナルで世界を読むのかたの訳文を見たわけですけれども。

*5:たぶん亜硝酸

*6:公害病の過去の経験から、農薬を使わない農業を始めた過程を知り、農薬の恐ろしさ、農薬を使用しない農法で作っている作物を給食で使用していることの意味を考える」ものらしい。

*7:有機農作物の栄養、また残留農薬に関しては、最近オーガニックについてのレビュー発表という記事があったので、ご存知のかたも多いでしょう。