米飯食では太っている人のほうが普通の人より血糖上昇が少ないかもしれない

 コメント欄で教えていただいた『食事が血糖値に及ぼす影響—米飯食とパン食の差—』*1が、米飯食とパン食の差以外の部分が面白かったのでご紹介致します。

 この実験は、一般的に血糖のコントロールには小麦粉よりも米飯がいいと言われているけれども、実際のところどうなのかを見るもので、

  • 被験者は19-20歳の健康な女性35名
  • 約350kcalの被験食(米飯:おにぎり、パン食:バターロール
  • 朝食後絶食で、午後一時に一回目の血糖測定
  • 被験者を無作為に2群に分け、一方は米飯食、他方はパン食を摂取(1週間後に交差試験)
  • 食後30分、60分、90分、120分の血糖変化を追った

ものです。結果は、食後60分、90分、120分で、有意に米飯食>パン食であったそうです。

 白パングリセミック・インデックス(GI)を100としたとき白米のGIは102だそうですし*2、さらにこの実験では、米飯食とパン食で同カロリー摂取するため、炭水化物量はそろえられていません。おにぎりとバターロールという被験食を見ればわかるように、パン食のほうが炭水化物量は少なくなっています。GIはほぼ同じで、炭水化物量が米飯食>パン食なのだから、食後60、90、120分での血糖値が有意に米飯食>パン食であったという結果は、それほど不思議はないわけです。

 しかしながら、もっと詳しく結果を見ると、少し様子が違ってきます。血糖値が有意に米飯食>パン食であったのは体脂肪率30%未満の被験者たちで、体脂肪率が30%以上の被験者では、有意な差はないというのです。

 この結果を示したのちに著者たちは

体脂肪率30%以上の人には内臓脂肪によるインスリン抵抗性が惹起されているのではないかと考えられる。

と、こともなげに仰るのですが、どうして「インスリン抵抗性がある → 米飯食とパン食で血糖値の有意な差がない」となるのかが、まったくもって理解できません。

 実際、体脂肪率30%未満の人と30%以上の人との比較では、パン食では差がないものの、米飯食では食後30分で血糖値が有意に「体脂肪率30%未満の人>30%以上の人」であるのです。時間が経つにしたがって両者の差はなくなって有意差はなくなるものの、一貫して体脂肪率30%以上の人のほうが低い傾向にあります。これでどうして、

体脂肪率30%以上の人には内臓脂肪によるインスリン抵抗性が惹起されているのではないかと考えられる。

と言えるのか、いやまったくわかりません。インスリン抵抗性が引き起こされているのなら、むしろ血糖値が下がらずに体脂肪率30%未満の人<30%以上の人となるんじゃなかろうか。

 と思っていたら、重要なのはそのような単純な比較ではなく、

(米飯食の場合)血糖値のピークは体脂肪率30%未満では食後30分値の165±23mg/dLで、体脂肪率30%以上では食後60分値の142±17mg/dLであり、体脂肪率によってピーク時間に差が見られた。

このピーク時間のずれなんだというのです。インスリンの出が悪い、もしくは効きが悪いために、通常では食後30分に来る血糖上昇のピークが、食後60分に遅れて現れている。

経口糖負荷試験(OGTT)において2型糖尿病患者では糖負荷後の血糖上昇ピーク時間の遅延が認められるが、それが2型糖尿病患者の典型的な血糖値推移の特徴である。

 であるので、被験者はもちろん健康な若い女性たちなのですが、それでも体脂肪率30%以上の人たちには、糖尿病とまではいかないまでも、インスリン抵抗性の惹起が見られるのでは、との考察なのです。

 なるほど、確かにグラフを見ると、体脂肪率30%以上の米飯摂取時の血糖ピーク時間は、食後60分のところにある。これがインスリンの効きの遅れであると言われればもっともらしいですし、「典型的な血糖推移の特徴である」と言われれば、実際その参考資料は読んでいないけれども、うー、と唸って納得してしまいます。

 では、体脂肪率30%未満>30%以上となっている血糖値については、どのような説明がなされるのでしょう。

 咀嚼能力の違いである、かもしれない。と言います。

肥満者(BMI26.4以上)は普通の者に比較し咀嚼能力が低いと言われている。また、米飯をよく咀嚼して食べたときと咀嚼をしないで飲み込んだときの食後血糖値を検証した研究によると、噛まずに飲み込んだときはよく噛んだときより食後血糖値は食後15分から食後150分まで常に低く食後45分から105分はそれが有意であった。

 消化吸収しやすくなるからよく噛んで食べましょうとは、誰しも一度くらい言われたことはあると思います。よく噛むと短時間で消化吸収されるので食後の血糖値が上昇して、逆に噛まなければ消化吸収に時間がかかるので、食事中の糖分が血液に流れ込んでくるのに時間がかかる、ということでしょうか。これが、米飯食で血糖値が体脂肪率30%未満>30%以上となった理由ではないかというのです。

 なるほど、これもまたもっともらしい理由ではないでしょうか。

 単純に血糖値の上下でインスリン抵抗性が見られるわけでもなく、そこにはピーク時間やら咀嚼能力やらが関わっている。なんか勝手に疑問を持って勝手に解決して、ミステリーでも読んだ感じで面白く読んだのでした。

それはそれとして

 よく噛んで食べることは、いいことなのかどうなのか。仮に、血糖のピーク時間のずれがインスリン抵抗性によるもので、食後血糖値体脂肪率30%未満>30%以上の理由が体脂肪率30%以上のものの咀嚼能力の低さだとすれば、インスリンが正常に作用する人があまり咀嚼せずに食べた場合、血糖ピークはそのままで、食後血糖値は低く推移したりしないんだろうか。

米飯食で体脂肪率30%未満のAUC*3の方が30%以上より有意に大きかった(p=0.0247)。

 ピーク時間はともかく、AUCはやっぱり体脂肪率30%以上の人たちのほうが小さい。血糖の変化は小さいほうがいいと(思い込みかもしれないけれど)思っているし、最近では空腹時血糖よりも食後2時間値のほうが大切だとも聞く。

最近では食後高血糖が注目されている。DECODE(Diabetes Epidemiology Collaborative Analysis of Diagnostic Criteria Europe)研究では、空腹時血糖が正常である耐糖能異常例に多くの心血管死亡が認められ、生命予後の規定因子として食後2時間の血糖値のほうが空腹時血糖値よりも重要であると報告されており、(略)食後高血糖が心疾患のリスク因子であることが報告されている。
(『食後高血糖の意義と薬物療法*4

 短絡的なマッドニュートリニストとしては、「食べずに飲み込む健康法〜あなたにもできる食後2時間血糖値を下げる怠惰な方法〜」を提唱したいと思いますが、マッドニュートリニストとして稼ぐには権威が足りませんし、間違っている可能性が高そうなので辞めておきます。よく咀嚼されて上昇素早い血糖値が、素早い満腹感を訴えるのに一役買っている、というのもありそうな話ですし。

*1:http://ci.nii.ac.jp/naid/110006979463

*2:前田和久「最強の抗糖尿病薬〜未精製炭水化物〜」臨床栄養 vol 111 No.2 2007.8より、『太らない、病気にならない、おいしいダイエット』(asin:4334973965)の孫引き

*3:area under the curve: 食後120分までの血糖上昇グラフの下の面積。小さいほうが、食後120分までトータルで見た血糖上昇が少なかったということ。

*4:水谷正一、山田信博著 臨床栄養 Vol.113 No.1 2008.7