香辛料の使い方

 ヨーロッパ人が十五世紀以降東南アジアにやってきたおもな動機は、スパイスや香木に代表される熱帯の香辛料、金などを手に入れるためである、と説明されることが多い。(略)
 これまで、現代の使用方法をもとに考えてスパイスその他の香辛料は肉の保存や香りづけ、つまり調味料であると暗黙のうちに理解されてきた。
(『病と癒しの文化史*1』p8)

 確かに、はるか以前、中高生の頃勉強した世界史の記憶によれば、そのように説明されていたように思います。ですが著者は、これが違うのだとおっしゃる。香辛料はもちろん調味料としても用いられたであろうが、それよりも薬として珍重されたといいます。

 しかもこの薬、飲むだけではなく炊くのです。

 興味深いことに、中世から近世の初めまで悪疫と伝染病(特にペスト)に悩まされていたヨーロッパ人は、その原因が悪い風と悪臭にあり、その悪臭を消すには刺激に強いものが必要であると考えたようである。胡椒は防腐剤としてもっとも効くと信じられていたため、ある町が疫病に襲われると、町全体に胡椒をまいたり、要所では炊いたりしたという。
(同 p11)

 悪疫の原因が悪い風と悪臭にあるという考え方は、結構最近までつづいていたようで、同書の後ろのほうではジャカルタを植民地支配したヨーロッパ諸国が、18世紀にもなってマラリア対策として水路などを整えた話が出てきます。これ、結果的に蚊の発生を抑えそうなので効果があったのかもしれませんが、基本的には空気をよくするという目的だったとか。

 さらに、今たまたま読んでいるフーコーの記載によれば、18世紀後半にフランスで発達した都市医学は、健康を維持するために都市の水と大気の流通を管理するのが目的であったといいます。

 大気は瘴気を運ぶし、大気の過度の冷たさや暖かさ、乾燥や湿気は人体に影響するし、そしてまた大気は力学的な影響を通じて身体に直接的な圧力をおよぼすから、大気は人体に直接的な影響を引き起こすというのは、十八世紀においてもすでに古くから信じられていたことでした。大気は、もっとも重大な病因のひとつと見なされていました。
(『生政治・統治*2』p186)

 というわけで、大気が主要な病因のひとつであるならば、その大気を浄化するために香辛料を炊く、というのも、まあ発想として頷けるなあと思うのです。

 なので、ペストが発生した際に採られる施策として

(5)香料や宗教用の香を用いて、家ごとに消毒する。
(同 p182)

というのにも、香辛料が使われていたのかもしれません。

 現代的な発想でものの使用法を決めつけてはいけないと、このように『病と癒しの文化史』の著者はおっしゃったのでした。