「日本型食生活」をやめよう

 すでに、コメをめぐる歴史学民俗学の研究が示すように、この日本列島にはコメを常食としない集団がずっと存在していたし、また日本人が広くコメを食するようになったのは戦時中以降のことであったといわれる。おそらく日本人全体が白米を腹いっぱい食べれるようになったのは、戦後の高度経済成長期以降、たかだかここ半世紀足らずのことでしかない。この意味では、米飯民族というよりも、農学者・渡部忠世の指摘するとおり「米飯悲願民族」だったのである。
(『食の共同体―動員から連帯へ』p16)

 米飯悲願民族だったことはいい。でもそれが、どうして今受け継がれているんだろう。食育の気持ち悪さについてで見たように、食育では決まって米飯賛美で、伝統食賛美だ。世代の上の人たちが、戦争の影響もあって米を満足に食べられなくて、「米飯悲願民族」の末裔として育ったとしても、それほど不思議ではない。問題はそれがどうして、今「食育」運動の中で生き続けているかだ。

 その世代の人が決めているからです。うん、これはわかりやすい。食料自給率の問題です。これもわかりやすい。もしかしたら、この二者がほとんどを占めているのかもしれない。それでも、食生活を見直すときに「日本型食生活」という名称を持ち出すのが、この信仰を生き延びさせるひとつの要素になっている、あるいはこれからなるんじゃないかと思う。

 「日本型食生活」をしましょう。こういわれると、「ああ日本の食生活がいいものなのだな」と思うだろう。そのとき言われた人の脳裏に浮かぶ日本の食生活とは、どのようなものだろう。おそらく、「日本型食生活」と名づけた人の思惑と同じく、「伝統的」な日本の食生活を思い浮かべるに違いない。

 しかし、食育の気持ち悪さについてで見たように、「日本型食生活」とは日本が豊かになって輸入食材も増加し、洋食化が進んで食生活が変遷するゆらぎのなかに一時存在したものに過ぎない。それ以前の日本の食生活については、あまりほめられたものじゃない。

 食の科学No336の「昭和30年代の食事は、はたして模範になるか?」のなかでに厚生労働省の国民栄養調査による、栄養素摂取量の年次推移という表がある。

  1950 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2002
エネルギー(kcal) 2098 2096 2184 2210 2226 2119 2088 2026 2042 1930
たんぱく質(g) 68.0 69.7 71.3 77.6 81.0 78.7 79.0 78.7 81.5 72.2
脂質(g) 18.0 24.7 36.0 46.5 55.2 55.6 56.9 56.9 59.9 54.4
炭水化物(g) 418 399 384 368 335 309 298 287 280 271

 これを総カロリーに占めるエネルギー比率に変換すると、次のようになる。

  1950 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2002
たんぱく質 0.13 0.13 0.13 0.14 0.15 0.15 0.15 0.16 0.16 0.15
脂質 0.08 0.11 0.15 0.19 0.22 0.24 0.25 0.25 0.26 0.25
炭水化物 0.79 0.76 0.72 0.67 0.63 0.62 0.60 0.59 0.58 0.60

 適正な脂肪エネルギー比率といわれるのは20〜25%だが、1970年に入ってようやく19%である。それ以前の脂肪摂取量はきわめて低い。

日本人の主な死亡原因では昭和30年代、40年代は脳卒中が断然トップであったが、昭和50年(1975)ころから急速に低下し、現在では第3位となっている。当時の日本人の脳卒中による死亡の主原因が、低い脂肪摂取量であったことを認識しておかねばならない。(中略)血清コレステロール値が高いと心臓病死亡率が増える。しかし、血清コレステロール値が低いと、今度は脳血管疾患が増える。血清コレステロール値は、脂肪、特に動物性脂肪の摂取量と相関している。
(「昭和30年代の食事は、はたして模範になるか?」食の科学 No336 2006.2)

 飽和脂肪酸の摂取増加は血中LDLコレステロールを増加させ、心筋梗塞の発症を増加させる。一方、摂取が不足すると脳出血の罹患リスクを高めることも報告されている。(中略)極端に偏った日本食ばかりを摂取しつづけると、脳卒中のリスクが高くなる可能性もあるため、肉も適度に摂取する必要がある。
(「脂肪の適正な摂り方」からだの科学 249 p92)

 脂肪の摂取量と血清コレステロールの値は相関する。コレステロールは細胞膜の成分だから、それが少ないと細胞膜が弱くなる。だから脂肪の摂取量が低いと血管が弱くなり、脳卒中が増えると考えられる。

 食事摂取基準さまも、次のように言っている。

 日本人の40〜69歳男女を対象にしたコホート研究では、飽和脂肪酸の摂取量が少ないと、(中略)脳出血罹患率の増加が認められている。
(『厚生労働省策定 日本人の食事摂取基準〈2005年版〉』p52)

 だから、脂肪摂取比率には下限が定められていて、それは20%ということになっている。

 アメリカ/カナダの食事摂取基準では、多くの介入研究をレビューし、これらの論文のデータから、脂肪または炭水化物のエネルギー比率と、血中HDL-コレステロール、総コレステロール/HLD-コレステロール中性脂肪のそれぞれの関係を回帰分析し、これらの血中濃度を適正なものにするには、脂肪エネルギー比率20%以上がよいとしている。
(『厚生労働省策定 日本人の食事摂取基準〈2005年版〉』p51)

 1970年以前の日本は、脂肪摂取比率20%を満たしていない。そして、そのころ日本人の死亡原因のトップはやっぱり脳卒中で、適正脂肪摂取比率を満たした1975年ごろから脳卒中での死亡数は「急速に低下」したわけだ。

 はたして、「日本型食生活」といわれて思い浮かべるのは、1970年代より以前の食事だろうか。それとも、1970年以降の食事だろうか。言われた人の年代にもよるだろう。でも、1970年代以前の食事を思い浮かべる人も多いと思う。その食事は、「健康的」ではない。「日本型食生活」という言葉は、日本の「伝統的」食生活が体にいいのだという誤った情報を流布しかねない。そのような言葉の使用は、やめたほうがいいと思う。*1

*1:「新日本型食生活」はありで。