普通の食生活をしていれば、不足する栄養素はないってほんと?

 福岡伸一

 飽食の時代に生きる現代人は、常時カロリーオーバーの危険性にさらされることはあっても栄養素が欠乏することはほとんどありえない。
(略)
 これは毎年、厚生労働省が行う栄養調査でも明らかになっていることで、少なくとも普通の食生活をしている日本人であれば、不足する栄養素は一つとしてない。
(『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』p110)

このように言うんだけど、少なくともCaは不足していそうなイメージです。おぼろげながらも浮かぶ記憶では、現在不足しているからこそ、実際に摂取したい量と現在の摂取量の間をとったものが「目標量」として、食事摂取基準に定められてたはずです。

 もちろん、イメージとおぼろげな記憶だけで語ってはいけないでしょうから、実際に国民健康・栄養調査(平成17年度)と、食事摂取基準(2005年版)を見てみましょう。上は男性、下は女性の表になります(単位はmg)。

年齢 平均値 中央値 目安量 目標量
18-29歳 501.0 434.4 900 650
30-49歳 474.5 427.7 650 600
50-69歳 570.0 513.3 700 600
70歳以上 567.6 524.0 750 600
年齢 平均値 中央値 目安量 目標量
18-29歳 459.9 423.6 700 600
30-49歳 475.6 444.8 600 600
50-69歳 587.9 529.3 700 600
70歳以上 543.0 472.0 650 550

 あっさりと、男女ともどの年代でも、目安量*1はおろか、目標量*2も満たしていないことがわかりました。

 どのくらい不足しているのかの目安のために、75パーセンタイルも見てみると、

年齢 男性 女性
18-29歳 646.3 584.8
30-49歳 599.6 614.2
50-69歳 725.4 754.1
70歳以上 755.1 685.6

となっていて、ほぼ目標量は満たしているものの、男性49歳以下、女性29歳以下の年代では目安量を満たしていません*3

 ついでにほかの栄養素も見てみましょう。まずカリウムです。上が男性、下が女性の表になります(単位はmg)。

年齢 平均値 中央値 目安量 目標量
18-29歳 2177 2110 2000 2800
30-49歳 2289 2203 2000 2900
50-69歳 2722 2604 2000 3100
70歳以上 2683 2568 2000 3000
年齢 平均値 中央値 目安量 目標量
18-29歳 1982 1906 1600 2700
30-49歳 2130 2034 1600 2800
50-69歳 2636 2486 1600 3100
70歳以上 2469 2327 1600 2900

 男女とも各年代で、「体内のカリウム平衡を維持するために適正と考えられる」(食事摂取基準)目安量以上は摂取しているものの、目標量となると、まるで届いてません。男女とも49歳以下の年代では75パーセンタイルでも目標量以下となっています。

 つぎはマグネシウムです(上が男性、下が女性。単位はmg)。

年齢 平均値 中央値 推定平均必要量 推奨量
18-29歳 241.9 232.6 290 340
30-49歳 256.9 245.7 310 370
50-69歳 300.3 289.7 290 350
70歳以上 284.2 270.2 260 310
年齢 平均値 中央値 推定平均必要量 推奨量
18-29歳 211.0 200.7 230 270
30-49歳 229.3 220.6 240 280
50-69歳 274.0 259.1 240 290
70歳以上 250.9 236.1 220 270

 男女とも49歳以下で、推定平均必要量を満たしていません。特に男性ではその不足はひどく、75パーセンタイルを見ても、18-29歳で294.7mg、30-49歳で308.7mgです。前者では推定平均必要量をぎりぎり満たし、後者ではそれをぎりぎり満たせていません。集団を対象とするアセスメントで、推定平均必要量を用いるときには、これを満たしていない人の割合と不足のリスクが存在する人の割合は一致する、と判断するわけですから、49歳以下の男性では、75%の人にマグネシウム不足のリスクがあると言えます。

 つぎは鉄です(上が男性、下が女性。単位はmg)。

年齢 平均値 中央値 推定平均必要量 推奨量
18-29歳 7.8 7.3 6.5 7.5
30-49歳 8.1 7.7 6.5 7.5
50-69歳 9.4 8.8 6.0 7.5
70歳以上 9.1 8.4 5.5 6.5
年齢 平均値 中央値 推定平均必要量 推奨量
18-29歳 6.9 6.3 9 10.5
30-49歳 7.3 6.9 9 10.5
50-69歳 8.8 8.2 9 10.5
70歳以上 8.2 7.7 6 6

 男性では各年代で推奨量まで満たせているけど、女性では逆に各年代で満たせていません*4。女性のみ75, 90パーセンタイルも見てみれば、

年齢 75パーセンタイル 90パーセンタイル
18-29歳 8.6 10.6
30-49歳 8.8 10.9
50-69歳 10.5 13.6
70歳以上 9.9 12.3

となっていて、50歳以下では75パーセンタイルでも推定平均必要量以下の摂取量、90パーセンタイルでようやく推奨量を満たしています。

 ミネラルではほかにリン、亜鉛、銅とあるのですが、これらは平均値、中央値で目安量や推定平均必要量を満たしているので、表の掲載はなしで。逆に言えば、栄養調査で結果の出ているミネラル7種類のうち、「普通の食生活をしている日本人であれば不足しない」であろう栄養素は、リン、亜鉛、銅の3種類しかないということになります。

 なりますが、そこまでいくとイメージよりもひどい不足のしようです。ひょっとして目標が高すぎるんじゃないか? そこまで必要なのか? なんて疑いたくもなります。

本日のまとめ

  • 栄養調査で摂取量が載っているミネラル7種類のうち、平均値、中央値で摂取基準を満たしているのは、リン、亜鉛、銅の3種類である。
  • カルシウムでは男女すべての年代で、平均値、中央値が目標量に満たない。
  • カリウムでは体内のカリウム平衡に必要とされる量については男女各年代で満たしているけれど、生活習慣予防に関する目標量については、満たしていない。
  • マグネシウムは、男女とも若者(というにはちょっと年齢高いであろう49歳までだけど)で不足。
  • 鉄は女性で必要量満たすの大変。

 ビタミンまでやると長くなるので、また後日。

*1:「推定平均必要量・推奨量を算定するのに十分な科学的根拠が得られない場合に、ある性・年齢階級に属する人々が、良好な栄養状態を維持するのに十分な量」(日本人の食事摂取基準について)

*2:生活習慣病の一次予防のために現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量(または、その範囲)」(食事摂取基準)

*3:ただ、「目安量」だから、数字に科学的な根拠が十分に得られてはいないという面があるけれども。

*4:なお、女性は「月経あり」の基準値を用いました。