一物全体思想家からもらった国産牛(特定危険部位除去なし!)でも

 世の中のおそらく狭い範囲で幅を利かせている思想に一物全体というのがあって、それによれば食材は丸ごとすべて食べるのが健康によろしいとか。食材と食材じゃないものを先に分類しておいて、食材に分類したものはすべて食えというのも随分乱暴な物言いだとは思うのですが、まあそれはそれとして、一物全体の思想家は己の思想に従って、牛肉の特定危険部位の除去はけしからん、脳も脊髄も食わせろこら。と言って現在のBSE行政にもの申すのでしょうか。

 隣近所に一物全体の活動家がいらっしゃる方々は、さぞや不安に思われていることでしょう。もし特定危険部位の除去がなくなってしまったら、お中元やお歳暮のお裾分けですなんて具合に彼らからいただく国産牛肉には、私たちをより健康にしようとするまったくの善意から、牛肉のありとあらゆる部位(脳も脊髄も!)が入っているようになるのではないか、食べたら最後、変異型クロイツフェルトヤコブ病(vCJD)になってしまうのではないか、と。

 喜ばしいことに、どうやらその不安は杞憂に終わりそうです。その理由のひとつは、もちろん彼らはそんなこと言わない上に己の思想を人に押し付けることのないジェントルマンであるからなのですが、しかしもし仮にそうでなかったとしても、どうやら恐れるほどのリスクはない(国産牛の場合)ようなのです。

 以下『環境リスク学―不安の海の羅針盤』に基づきます。

 (国産牛肉のBSE全頭検査の結果)この二年半の間*1に検査されたのは約三〇〇万頭で陽性牛は一〇頭であった。一〇〇万分の三・三である。
(p181)

で、国産牛の年間生産高が約100万頭とのこと*2。つまり、まったくBSE検査をしなかった場合、国産牛で年間3.3頭分のBSE感染牛が流通することになります。

 英国での事例をもとにすれば、今までに食されたBSE感染牛は75万頭と推定され、それによるvCJDの死者が139人、最終的には130〜661人の死者と推定されているそうです*3。上限の661人を採用して単純計算*4すれば、750000 ÷ 661 = 1134.64 → だいたい1000頭のBSE感染牛を食べると1人vCJDで死亡することになります。

つまり、一〇頭分ずつ一〇〇年間食べ続けて一人以下となるのである。
(p187)

 先に見た国産牛のBSE感染は年間3.3頭ですから、100年食べても1人以下、300年食べてようやく1人感染するというリスクレベルです*5

 従いまして、もし一物全体思想の方々がBSE対策にもの申して、特定危険部位の除去がなくなり、さらに彼らがジェントルマンでなく、でも近所づきあいは大切に思う社会性のある方々だった場合でも、その国産牛のお中元お裾分けを食べても、それほどの危険はないということです。

 安心して、年に一回の国産牛によるすき焼きを楽しめますね。よかったよかった。

*1:初出は2004年の文章

*2:2年半で300万頭検査しているのに、1年間の生産高が100万頭とはこれいかに。計算を単純化するために100万頭にしただけで、本当は120万頭のほうが正確に近いのかな。だとすると、BSE検査を全く実施しない場合国産の感染牛が出回るのは年間3.96頭で、約4頭ということになる。

*3:って、これ下限130人ってもう越えてるけど推定ってそういうものなの?

*4:「病気のメカニズムが明らかでないので、異常プリオン摂取量とvCJD患者数とは比例するとした」p187

*5:1年間に3.96頭の国産感染牛が出回るとしても、やっぱり100年食べて1人以下、252年食べて1人というリスクレベル。