脳はどこまでケトン体で生きられるか

 たとえば、朝食に炭水化物を摂りましょうなんていう言説があるわけです。脳はブドウ糖しかエネルギーにできない、朝食に炭水化物を摂取して脳に糖分を与えて脳を目覚めさせましょう。といった具合です。でもこれは真実とはかけ離れていて、栄養学の講義を2,3コマも聴けば、脳はブドウ糖だけでなく飢餓時にはケトン体もエネルギー源とするんですと、拍子抜けするほどあっさり言われてしまうのです。

 じゃあブドウ糖必要なの? ケトン体をエネルギーにできるなら、そんなにがんばって糖分維持しなくていいんじゃないかと、ちょっと疑問を感じていたわけです。

 赤血球はミトコンドリアを欠いており、それ故、つねに(嫌気性の)解糖とペントースリン酸回路に完全に依存している。脳はそのエネルギー要求性の約20%をケトン体でまかなうことができるが、残りはグルコースから得なくてはならない。絶食時および飢餓時の代謝の変化は、グルコースと肝臓および筋肉内の限られた貯蔵グリコーゲンを脳や赤血球のために残しておく必要性があるために生じる。また、ほかの組織のためにも、グルコース以外の代替エネルギー源を供給するためにも必要である。
(『イラストレイテッド ハーパー・生化学 原書27版』p154)

 なるほど、脳はケトン体に完全依存はできないみたいです。どんなときも、ブドウ糖からある程度(というには約80%ですから結構な量)のエネルギーを得なくてはいけない。だからグリコーゲン分解や糖新生で血糖を維持し、他の組織は脳(と赤血球)のためにブドウ糖を節約してケトン体や遊離脂肪酸でエネルギーをまかなおうとするのです。

遊離脂肪酸は肝臓、心臓、骨格筋において好まれて利用される代謝エネルギー源であり、グルコースの消費を節約することができる。
(中略)
ケトン体は、骨格筋と心筋の主要な代謝エネルギー源であり、脳のエネルギーの必要性を部分的に満たす。長期の絶食では、グルコース代謝は体全体のエネルギー生産のための代謝の10%未満となる。
(同 p157)

 あと同じページで語られている、筋肉の遊離脂肪酸利用についても興味深かったのでまとめておきましょう。

「筋肉は遊離脂肪酸を優先的に取り込んで」エネルギー源とするのですが、脂肪酸のβ酸化だけでは必要なエネルギーを満たすことができません。よって、飢餓が続くと筋肉はエネルギー欠乏の危機に陥ることになります。しかしそのころ肝臓では、その非常に高いβ酸化能力で肝臓自身が必要とするよりも多くのアセチルCoAが生産されます。生産されたアセチルCoAは、以前見たように2個結合してケトン体になって筋肉へ運ばれ、筋肉の危機を救うのです。

 その昔越後の上杉謙信が、今川・北条にグルコースを止められて苦しんでいた信玄に、ケトン体を送ってその危機を救ったのと同じですね*1。困った筋肉に肝臓は優しいのです。

 新年が明けたからか、「ですます調」になったり急にキャラが変わってるような気がしますが、そのうちやりやすいところに落ち着くと思いますので、あまり気にしないでください。

*1:Yahoo!辞書「敵にケトン体を送る」より。