「アルカリ性食品・酸性食品』について その1

 わたくしの通っていた栄養士学校では、ある講義の中で、「今はアルカリ性食品酸性食品という言葉は使わないのです」とわざわざ先生がおっしゃっていた記憶があります。アルカリ性食品等といわない理由について、先生はホメオスタシスのことを語っていて、つまり、体液のpHは狭い範囲で調節されているので、食事ごときが多少がんばってみたところで、体液のpHは変化しない。アルカリ性にも酸性にも偏らないのだから、「アルカリ性食品」「酸性食品」などという呼称はおかしい、との理論です。

 そのときは軽めに「そうなんだぁ」と流す程度だったのですが、ある程度時を経たあとになって、わたくしのなかで若干の異論がわき起こったのでした。

 理由はふたつあります。

 ひとつには、体内の緩衝作用で実際のpHは変化しないとしても、いずれか一方への圧力が高まるのであれば、それは「〜性食品」といったっていいんじゃないか、と思うのです。たとえば海藻を食べると、体内のアルカリ性を吸収する緩衝作用が著しく作用するとしたら、pHは狭い範囲で調節されているから実際はアルカリ性になるわけじゃないんだけれどもとの約束のもとで、海藻を「アルカリ性食品」と呼ぶのは別にいいんじゃないの、という気がするわけです。

 もうひとつは、高尿酸血症での尿路結石予防に関して、「尿をアルカリ化する食品をとる」というのが出てきます。これは「アルカリ性食品」とは言っていないけれども、それから、ひょっとしたらアルカリ性食品が指し示す食品とは別のものを指し示している可能性もあるけれども、言っていることは「アルカリ性食品」にきわめて近い概念です。というか、この「尿をアルカリ化する食品」のことを「アルカリ性食品」と呼びましょうと約束すれば、十分呼んでいい機能を示しているんじゃないかと思うのです。

 と、このように感じては、記憶の中の先生に挙手して異論に答えてもらう機会をうかがっていたわけです。

アルカリ性食品酸性食品の誤り』

 しかしながら、わたくしの記憶をねつ造する力にも限度がありますので、記憶の中の先生はいつまで経ってもわたくしのことを指名しません。このまま誰にも異論を発せないままなのかと思っていたところに、『アルカリ性食品酸性食品の誤り』*1という本を見つけました。1987年出版という大変古い本なので、どの程度今日に通用する議論なのかは全然わからないのですが、とりあえずこの本でお勉強してみましょう。

 アルカリ性食品酸性食品は、体内で代謝された場合のアルカリ性、酸性を示しています。したがって、例えば梅干しはあんな酸っぱい酸性のものだけれども、アルカリ性食品に分類されるわけです。どのようにアルカリ性・酸性を測定するかと言えば、食品を燃やして灰にしその灰を滴定することで調べる方法と、食品中のミネラル組成をもとに、計算から求める方法とあるそうです。

 まず著者はこのようにアルカリ性酸性食品の求めかたを説明したあとに、アルカリ性酸性食品という分類が機能するためには、3つの前提が必要であると述べます。

(1)食品中の各ミネラルがほとんど吸収されるか、少なくとも酸性ミネラルとアルカリ性ミネラルがそれぞれの合計当量でほぼ等しい割合で吸収されること。
(2)体内に吸収された各ミネラルの大部分が酸アルカリ反応に関与する形で代謝されること。
(3)体内の酸アルカリ平衡が、実質的にミネラルのバランスによってのみ決まること。

(1)ミネラルの吸収割合について

 食品中のミネラルは、各ミネラルによって存在形態も違えば、存在している場所も違います。したがって、(1)の前提はクリアされない、と著者は言います。

 たとえば、アルカリ性に作用するミネラルであるナトリウムとカリウム、それから酸性に作用するミネラルである塩素は、大部分がイオンとして存在しているので、ほぼすべて吸収されるであろうと言います。

 しかしながら、アルカリ性に作用するところのカルシウムは、食品によって様々な形をとります。牛乳中ではカゼインと結合、そしてもちろん骨中ではヒドロキシアパタイトとして存在していますし、その他フィチン態、シュウ酸塩等々の形態があります。各形態によって吸収率は異なり、平均的には50%程度であろうと言います*2

 アルカリに作用するマグネシウムと、酸性に作用するリンについては、ほぼカルシウムと同じだろうと見ていて、酸性に作用する硫黄に関しては、ほとんどがたんぱく質中に存在するため、たんぱく質の平均的な吸収率を見て85%程度ではないかとしています*3

 とまあこのように、ミネラルによって平均的な吸収率は異なっていて、同じミネラルでも、食品によって異なっています。ですから一律に灰にしたものを滴定してアルカリ度、酸度を調べたところで、体内に入るミネラルのアルカリ度、酸度はまた異なるというわけです。さらに食事には調理という行程が入るので、その過程で失われるミネラルも一律ではないだろうというのです。

(2)吸収されたミネラルの動態について

 吸収された各ミネラルは、体内で異なる動きをします。たとえばカルシウムなら、誰もがわかるように骨組織にほとんど吸収され*4、体液中にはあまり存在しません。

 ナトリウムとカリウムは、血中や細胞内に豊富に存在していて「酸塩基平衡に関与する」と教科書で習うわけですが、その濃度はホルモンによって調節されています。したがって、多く摂取しても血中濃度は一定に保たれているわけです。

 硫黄は、含硫アミノ酸に含まれているので、たんぱく質として存在しています。マグネシウムは骨代謝として、リンはリン酸イオンとしても存在しますが、多くはリン脂質として、またATPやクレアチンリン酸として存在していると言います。

 さて、正直なところ、わたくしは著者がこれらミネラルの代謝を並べたところでよくわからないのですが、しかしわからないなりに大切なんだろうと思うのは、体内に入ったミネラルが、同じ場所に同じ割合で無秩序に存在しているわけではない、というところなのではないかと考えます。

 たとえばカルシウムをたくさん取ったとしても、そのカルシウムは血中にはほとんど存在していません。ほぼすべてが、骨や歯に吸収されるわけです。とすれば、少なくとも、摂取したカルシウムが摂取した割合のまま体内でアルカリとして作用することは、ないといえるのでしょう。そしてこれはカルシウムに限らず、硫黄やリンなど、血中にイオンとしてあまり存在しない他のミネラルも同様であり、さらにナトリウムやカリウムにしたところで、ホルモンによる調節を受けているので、やはり摂取したままの、つまりは計算値としての当量と同じような酸・アルカリの作用をもたらすことはないと言えるでしょう。

 おそらくは、著者の主張はこのようなものだろうと理解したのでした。

(3)体内の酸アルカリ平衡はどのようにして決まるのか

 ここでは著者は、体液中のイオンにはミネラル以外の成分が多くあることを主張します。その代表的なものが、重炭酸イオンとたんぱく質であるそうです。特に重炭酸イオンは、酸アルカリ平衡に大きな役割を担っているそうなのです。

 生理学の理解はあまり得意ではないので、お手軽に引用してしまえば、

もしも、体液中の水素イオン濃度が上昇し、酸性に傾こうとすると、重炭酸イオンが水素イオンと反応して炭酸を生じます。(略)そして生じた炭酸は炭酸ガスと水になり、炭酸ガスは肺から排出されます。(略)その結果、体液のpHが酸性に傾くのが防がれます。(p36)

というわけです。

 この反応は逆方向に進むことも可能で、体液がアルカリに傾きそうになると、炭酸が水素と重炭酸イオンにわかれて、水素イオンで水酸イオンを吸収します。その結果、体液がアルカリに傾くのを防ぐわけです。

 また、リン酸系でも同様の緩衝作用が存在し、酸性に傾きそうになると、水素イオンと二塩基性リン酸イオンが反応して一塩基性リン酸イオンとなることで血中の水素イオンを吸収し、またアルカリ性に傾きそうになると、一塩基性リン酸イオンが水素イオンと二塩基性リン酸イオンにわかれて、生じた水素イオンで水酸イオンを吸収するというわけです。

 ほかにたんぱく質系でもこのような緩衝作用が存在し、体液のpHを一定に保っているとのことなのです。ですので、食品から摂取するミネラル云々で体液のpHが変化することはなく、「アルカリ性食品」「酸性食品」と呼ぶのは間違っている。というのが、著者の主張であるのです。

わかったような、わからないような

 わたくしは大変残念なことに、生理学の不出来が栄養学の不出来を上回るので、著者の主張を読んで「なるほど!」と力強く膝を打つ、ということにはなりません。そもそも著者の主張は、冒頭に記したわたくしの先生が講義の際に話したことをもっと詳しく説明しただけのことで、わたくしのひとつめの異論、実際にはpHは変化しないにしても、その圧力が高まるのであればそれをもって「〜性食品」と言ってもいいのではないか、ということについて、何ら答えてくれていないのです。

 著者が崩した(であろう)、アルカリ性酸性食品という分類が機能するため前提のうち、みっつ目に関しては上記の通りですが、ひとつ目とふたつ目に関しても、調査研究の至らなさであって、これをもって「〜性食品」の分類が意味をなさない、という結論にはいたらないと思うのです。確かに今はこの分類が意味をなさないかもしれないけれど、研究が進んだ際には、各ミネラルの吸収割合や体内での代謝、存在形態を加味した「アルカリ性食品酸性食品当量表」なるものが策定されれば、それで解決される問題なのではないでしょうか。

 このように、著者の詳しい説明には膝を打てなかったわたくしなのですが、しかし、弱いながらも膝を打った箇所はあったのでした。

Q6 酸性食品のとり過ぎは骨を弱くするといいますが、それは本当でしょうか。

A この説の根拠は、リンを摂りすぎると骨のカルシウムを溶出させるということにあるようです。しかし、この問題はあくまでもカルシウムとの相互比率、ビタミンDの必要性の問題であって、いわゆるアルカリ性食品酸性食品のバランスの問題ではありません。(略)したがって、カルシウムとリンの比率という重要な問題をかえってそれ以外のミネラルで覆い隠してしまい、弊害さえもたらすことにもなりかねません。(p25)

 仮に、ある問題に対して正しい答えを導くにしても、本当に問題とすべき事柄から導かれたのではないならば、本当の問題がかえってわからなくなってしまう。また、別のときには、本当の問題から導いているわけではないので、正しくない答えを導くことになってしまう。このような理論では、仮に正しい答えが導かれたとしても、それは偶然であるといえるわけです。偶然に頼る理論をあえて支持する理由は、もちろんないのでした。

 著者は別の記事で、このように語っています。

アルカリ性食品酸性食品という呼称は)化学教育や栄養指導上の弊害すら生み出している。言うまでもなく、栄養指導でのミネラルの問題は、ミネラル全体としての酸性、アルカリ性などではなく、個々のミネラルの所要量やバランスについて考慮されなければならない。
(『食べ物と酸・アルカリ』*5

 これについては、反論の余地がなく頷くしかありません。

 また、アルカリ性、酸性いずれかに圧力がかかるならばいいのではないかとのわたくしの異論も、

(酸・アルカリ平衡に重要な役割を果たす重炭酸イオン系は)その給源である炭酸ガスは体内代謝産物として十分にありますし、呼吸による排出速度の調節によって適正量が維持されています。(p43)

というので、「圧力」を語ることの無意味さを思うのでした。

続くよ!

 長いので分けましたが、次の記事に続きます。

*1:アルカリ性食品・酸性食品の誤り (食品・栄養・健康ニューガイドシリーズ)

*2:これは当時の栄養所要量算定の基準値だそうですが、随分高く見積もられている気がします。現在の2010年版の食事摂取基準に載っている吸収率(見かけの吸収率)は、年代によって異なるものの、25〜45%とあります。

*3:せっかくなので、これも食事摂取基準をあたってみましょう。「日常摂取混合たんぱく質の消化率(90%)」(付録X)だそうですよ。

*4:99%はヒドロキシアパタイトして、骨および歯にある。

*5:http://ci.nii.ac.jp/naid/110001826976