ミルクアルカリ症候群について

20世紀の初め頃に、
胃潰瘍の治療のために、
牛乳とマグネシウム製剤とを、
一緒に飲むという治療がありました。
マグネシウム製剤には、酸を抑える働きがあります。
牛乳は栄養を付け、粘膜を保護する、という目的ですね。

ところが、その治療を受けた人の中で、
嘔吐したり、意識障害を起こしたりする患者さんが複数現れたのです。
その患者さんの血液の中のカルシウムは、
異常に高い値を示しました。
要するに、高カルシウム血症が起こったのですね。

このように、牛乳やカルシウムの摂り過ぎと、
マグネシウムの服用が、
ミックスして起こるカルシウムの異常を、
「ミルクアルカリ症候群」と呼びます。

ミルクアルカリ症候群のメカニズム

カルシウムを上げるホルモンは、
副甲状腺ホルモンと言います。
血の中のカルシウムが下がると、
このホルモンが刺激されて、
骨が壊され、カルシウムが上がるのですね。

一般的に言えば、このホルモンが高ければ、
カルシウムは上がるのです。

さて、マグネシウムが上がると、
この副甲状腺ホルモンは抑えられるのですね。
それなら、カルシウムは下がってもいい筈なのに、
何故上がるのでしょうか?

ミルクアルカリ症候群のメカニズム

(ハリソン内科学によれば)
マグネシウムが身体に入ると、
副甲状腺ホルモンは低下します。
すると、腎臓からの重炭酸イオンの再吸収が増えるのです。
これで、血液はアルカリ性になります。
これを、アルカローシスと言いますね。
アルカローシスになると、
今度はそのためにカルシウムの再吸収が増えるのです。
カルシウムの吸収が増えれば、
当然血液のカルシウムが上がります。
これで悪循環になって、
カルシウムはどんどん上がり、
病気は進行する訳です。

ミルクアルカリ症候群のメカニズム

 ミルクアルカリ症候群って、制酸剤と牛乳を一緒にとってアルカローシスと高カルシウム症になるやつね、程度にしか記憶にありません。したがいまして、お医者さんだというこのblog主さんが「不思議でしょ」と問いかけている前段階で、すでについて行けない有様なのでした。

 ですので、「へえー、ミルクアルカリ症候群って不思議なんだ」「その不思議が成立するわけはこういうわけなんだ」とあっさり納得してしまうのですが、しかしblog主さんがせっかくネタ元を示してくれているのです。ここは『ハリソン内科学』*1で確認してみるのがよいでしょう。

ハリソン内科学を見てみる

 まずマグネシウム代謝の欄を見てみることにしましょう。副甲状腺ホルモンとの兼ね合いでここぞというところは見つからなかったのですが

(腎臓の)太い上行脚でのマグネシウム再吸収はPTHによって増加し、逆にネフロンのCaSRを活性化させる高カルシウム血症や高マグネシウム血症によって抑制される。
(p2458)

とあるので、逆にマグネシウム高値でPTH(副甲状腺ホルモンのこと)が抑制されるのもあるのかな、とは思えます。

 次に、ミルクアルカリ症についてです。

ルクアルカリ症候群は、牛乳や炭酸カルシウムのような、カルシウムと吸収性制酸薬の過剰な経口摂取によるものである。
(p2476)

 ここでは別に、「吸収性制酸薬」であって、「マグネシウム製剤」に限定されておりません。わたくしがあっさりと記憶していたミルクアルカリ症の原因のひとつも「制酸剤」です。機序としては制酸薬と過剰なカルシウムで起こるけど、実際に生じた事例では制酸剤としてマグネシウム製剤を使っていたことが多かったのでしょうか。

 さて、制酸薬を使用して、かつ、カルシウムを多く摂っている人がみんなミルクアルカリ症候群になるかといえば、そうではないみたいです。普通はカルシウム摂取量が増えれば、その吸収率は低下するからです*2。でも一部に、多くのカルシウムを摂取しても大部分を吸収できてしまう人がいて、そのような人が食後に軽度の高カルシウム血症になるのであろうと言います。

 そして、

高カルシウム血症は、ナトリウム排泄の増加と、体水分量の若干の枯渇の原因となる。これらの現象と、おそらく軽度の高カルシウム血症に起因する内因性PTH分泌の部分的な抑制によって炭酸水素塩の吸収が増加し、炭酸カルシウムを持続的に経口摂取しているにもかかわらずアルカローシスを呈することになる。
(同上)

と、高カルシウム血症がアルカローシスをもたらして*3

アルカローシスはそれ自体、遠位ネフロンにおいて選択的にカルシウム再吸収を促進させ、高カルシウム血症を悪化させる。
(同上)

アルカローシスが更なるカルシウム高値をもたらします。したがいまして、

カルシウムと吸収性アルカリを摂取している限り、軽度の高カルシウム血症→炭酸水素塩貯留→アルカローシス→腎臓でのカルシウム滞留→重度の高カルシウム血症のサイクルによって、高カルシウム血症とアルカローシスは持続し憎悪する。
(同上)

ようなのです。

 マグネシウムはここでは登場しません。PTHを抑えてアルカローシスをもたらす機序は同じなので、たぶん同じことを言ってるんだろうと思いますが、しかしマグネシウム以前に、血中のカルシウム高値がPTHを抑制しそうなものだから、マグネシウムかどうかはあまり重要じゃないような気もします。

体水分量の枯渇が、なんでアルカローシスになるのかわからない

 とりあえずミルクアルカリ症候群の機序を見たので、これで終わってもいいのですが、しかしわからないことが多いです。なんで体水分量が枯渇すると、アルカローシスになるのでしょう。さらっと通り過ぎられてしまっていますが、わたくしにはよくわかりません。

 簡便にgoogle先生に聞いてみたら、メルクマニュアルの「代謝性アルカローシス」のページに行き着きました。

体液量減少および低カリウム血症はHCO3 -再吸収を増加させる最も一般的な刺激であるが,アルドステロンまたはミネラルコルチコイド(ナトリウムの再吸収ならびにカリウムやH+の排泄を促進する)が増加するような病態ではHCO3 -は増加しうる。

代謝性アルカローシス

 「もっとも一般的な刺激であるが」がまずわからないのですが、後半部分の、アルドステロンがカリウムと水素イオンの排泄を促進するというのは、聞いたことがあります。

原発性アルドステロン症では、副腎腫瘍などにより副腎皮質からアルドステロンが過剰に分泌され、高血圧や低K血症、代謝性アルカローシスを起こす。
(『クエスチョンバンク2011』*4p189)

とあって、図入りで、アルドステロンがカリウムの排泄を亢進させること、水素イオンの排泄を亢進させること、さらにはナトリウムと水の再吸収を促進させることが記されています。

 高カルシウム血症がナトリウム排泄と体液量の若干の枯渇をもたらすのであれば、それを回復しようとするのが筋でしょう。そこで、アルドステロンが出番だとばかりに分泌されて、ナトリウムと体液量を回復する、けれども同時に、カリウムと水素イオンの排泄が起こって、低カリウム血症とアルカローシスが生じると、こんな感じなのでしょうか。

 ついでに言えば、

代謝性アルカローシスは,酸の喪失,アルカリ投与,H+の細胞内への移動(低カリウム血症で生じるような),またはHCO3 -のうっ滞によるHCO3 -の蓄積である。

代謝性アルカローシス

そうなので、低カリウム血症自体が、水素イオンの細胞内への移動をもたらしてアルカローシスを促進するかもしれません。

以上を『ハリソン内科学』の説明にプラスすると

 食後の軽度高カルシウム血症から

  1. ナトリウム排泄増加、体液量低下
  2. アルドステロン分泌増加
  3. ナトリウム・水の再吸収増加、カリウム・水素イオン排泄増加、重炭酸イオン排泄抑制、
  4. アルカローシス
  5. カルシウム再吸収増加
  6. さらなる血中カルシウム高値

という流れ、もしくは、同じく食後の軽度高カルシウム血症から

  1. PTH分泌低下
  2. 重炭酸イオン排泄抑制
  3. アルカローシス
  4. カルシウム再吸収増加
  5. さらなる血中カルシウム高値

というのが、ミルクアルカリ症候群の機序と言えるでしょうか。

重炭酸イオンもよくわからない

 上で引いたメルクマニュアルの同じページには「代謝性アルカローシスの原因」という表の中でミルク-アルカリ症候群があって*5

慢性的な炭酸カルシウム制酸薬摂取はカルシウム負荷およびHCO3負荷をもたらす;高カルシウム血症はGFRを減少させ,過剰なHCO3負荷の除去を阻害する

とあります。

 GFR=糸球体濾過量なので、体液量が減少することが過剰な重炭酸イオン除去を疎外するということなのですが、これまたよくわかりません。腎臓を勉強するとわかるのでしょうか。

まあそんな感じで

 結局わからないことのオンパレードなのでした。

*1:ハリソン内科学 第3版 (原著第17版)

*2:でも、だからって「カルシウムを多く摂っても意味がない」とはならないと思う。カルシウムは上部消化管ではビタミンD依存的に吸収されるけれども、下部消化管では濃度勾配による受動輸送で吸収されるので、「食物のCa吸収は、その吸収率よりも摂取絶対量に大きく影響」(健康・栄養食品アドバイザリースタッフ・テキストブックp34))されるから。

*3:「炭酸カルシウムを持続的に経口摂取しているにもかかわらず」の意味がわからないんだけど。

*4:クエスチョン・バンク管理栄養士国家試験問題解説 2011

*5:ついでに言えば、これ「HCO3過剰」の欄にあるので、H+の排泄増加よりも重炭酸イオンが過剰になってしまうことが、ミルクアルカリ症候群によるアルカローシスの原因なんでしょうね。