「肉がほしい」とアラキドン酸についての一考察

 このように、食肉に含まれる脂肪酸について最近新しい知見が次々と見出されている。アラキドン酸(arachidonic acid)由来物質によるアナンダマイド(anandamide)作用もその1つである。アナンダマイドは、食肉や内臓など動物性食品に含まれるアラキドン酸からアミドヒドロラーゼ(amidohydrolase)により生成され、脳内で作用し満足感あるいは至福感を与える。
食品機能論 (ネオエスカ)p106)

 おお、これがマーヴィン・ハリスのいうところの「肉がほしい」*1、栄養価が足りていたとしても肉への渇望が生まれる一因なんでしょうか。

 ところでアラキドン酸って、食肉以外には含まれていないんでしょうか。もし、菜種とかそこら辺の油が豊富にとれるものにたくさん含まれているとすれば、アラキドン酸が肉に対する渇望の一因とする説*2は、正しくなさそうです。

 五訂増補日本食品標準成分表脂肪酸成分表編をざーっと見てみると、油の多い種実類にはアラキドン酸を含むものはなく、野菜類では大根の葉に0.3mg、サラダ菜で0.2mg、豆類の豆腐竹輪焼きと蒸しで0.1mgあった以外は、ほとんど見当たりません。

 乳類では、全般的に含まれていますけど、量は少ないです。普通乳で0.2mg。卵になると、ようやく小数点の左側に0以外の数字が見えてきます。鶏卵の卵黄生で1.8mg、卵白の生だと8.5mgになります*3

 魚に行くと、おおむね1.0以上かそれ前後くらいが多くなります。特に多いのは、えいの11.0mgとか、かわはぎの11.0mgとかでしょう。もっとも、全部見たわけじゃないから、他にも多いのはあるんでしょうけど。他によく食べそうなものを調べると、べにざけで0.5、さんまで0.5、ぶりで1.2、ほっけで1.8、よく食べるかどうかわからないけど、本マグロの赤身で2.0、脂身(トロ)で0.8mgとなっています。親しみある魚はアラキドン酸がやや少なめかもしれません。

 肝心のお肉はといえば、0.2とか0.1とかが並んでいて、期待したほど多くないです。牛肉で比較的多かったのは、乳用肥育牛肉のもも赤身で0.9、そともも赤身で0.7、ランプ赤身で0.8、輸入牛肉のもも赤身で0.7、ランプ赤身で0.8mgくらい。こうしてみると、どうもアラキドン酸は赤身のほうに多いみたい。

 牛肉のアラキドン酸含有量がたいしたことないのでちょっとがっかりしていると、子牛リブロース皮下脂肪なしでは6.6mgと、これまでの*4牛肉に対する常識を覆してくれます。ほかは豚のヒレ赤身で2.2mg、鶏肉だと他の肉類よりも多くて、たとえば一番多いささみで5.4mgです。

 こう見てくると、上の引用文は畜産食品の食肉類の項にあるものの、その選択が正当なのかどうか、疑わしく思えてきます。食肉よりも、卵や魚のほうが、アラキドン酸を多く含んでいるわけですから。「肉がほしい」も、アラキドン酸からのアナンダマイドが目的ならば、別に肉じゃなくて卵白を欲しがっているほうがふさわしいでしょう。

『食と文化の謎』第一章の冒頭では、食肉を買うために列を作るポーランド人の様子が記述されていますけど、「卵白が飲みたいんだ。卵黄はいらない。いやあってもいいが、卵白だけ倍量されているほうがよりうれしい」とならんでビオチン欠乏に陥っていたほうが*5、より説得力が出てきます。

 まあ、要するに今でっちあげた説はでっちあげでしかなかったということでしょう。

追記

 コメント欄にてご指摘ありました通り、脂肪酸成分表は脂肪酸100gあたりで、上に挙げた数字は脂肪酸100gあたりのものになります。したがいまして、実際の食品についての比較にはまったくなっていないという、いやまったく恥ずかしい代物でございます。

 近いうちに数字のほうを修正いたしますので、現時点では皆様がた、成分表と脂肪酸成分表からご自分で各食品のアラキドン酸量を計算されるか、あるいは修正されるまで待つか、もしくはそもそも興味なかったしと話題自体を忘れるかしてください。

追記2

 というわけで、数値を直しました。今度はちゃんとした比較になっている、はず。

*1:食と文化の謎 (岩波現代文庫)』第一章

*2:今でっちあげた説

*3:脂肪酸成分表では、鶏卵の全卵生がないことをはじめて知った。

*4:成分表を上から見ていったときの

*5:「ビオチンは卵白中のアビジンと結合しやすく、ビオチンといっしょに生卵白を大量に食べるとビオチン欠乏がおこる」(『生化学 (栄養科学シリーズNEXT)』p93)