食品の食べ合わせについて――リジンとビオチン
先日テレビを見ていたら、栄養学博士の白鳥さんというかたが、食品の食べ合わせについてお話をされていました。その番組の中で白鳥さんは、何軒かのご家庭におじゃまをして、そのご家庭の夕食を見てはダメ出しをしていたのでした。
放送されたダメ出しは3つで、うち1つは忘れてしまったのですが、残りの2つは「しらすと大根おろし」「納豆と生卵」でした。大根おろしにしらすをのっけて、しょう油をかけてたべるなんてのは一般的によくやりますし、納豆に生卵を加えてかき混ぜて、ご飯と一緒に食べるなんてのもこれまた一般的によくやります。よくある食べ方が白鳥さんにダメ出しをされて、スタジオとお茶の間の関心は大いに盛り上がったのでした。
「しらすと大根おろし」
まず「しらすと大根おろし」ですが、白鳥さんが言うには、大根にはリジンインヒビターというものが含まれていて、これがリジンの消化吸収を妨げるのだそうです。しらすにはリジンが多く含まれているので、大根のリジンインヒビターに消化吸収を邪魔させてしまうのはもったいないというのです。
しかしわたくしには、リジンがそれほど欠乏に気をつけなければならない栄養素だとは、どうも思えません。
リジンは必須アミノ酸*1の1つで、特に穀類に少ないことで名を馳せています。必須アミノ酸はバランスよく摂取することが大切です。一部をいくら多く摂取したところで、一部が不足していれば、体内で利用されません*2。したがって、リジンが少ない穀類でエネルギーの殆どをまかなっていた時代は、ひょっとしたら、リジン欠乏というのは大いに注意すべき事柄であったかもしれません。
しかしながら、たとえば豆類にはリジンが多く含まれています。穀類と豆類を一緒に食べれば、穀類におけるリジンの少なさを豆類が補ってくれて、結果的に摂取したたんぱく質の多くが有効活用されることになります。また、現在は昔と比べて、動物性たんぱく質を多く摂取しています。動物性たんぱく質は植物性のたんぱく質に比べてヒトの要求バランスによく合っているので、そのほとんどを有効活用することが可能です。
したがいまして、普通に現代食を口にしている人たちが、リジンをしっかり摂らなくてはと注意する必要は、それほどないように思うのです。
たとえば、1日の食事として
たとえば、1日3食食べるとしましょう。主食は朝食をパン、昼食夕食をご飯にするとしましょう。そうすると主食から摂取するリジンは、3食で385mgとなります*3。
食べた量g | リジンmg/100g | リジン摂取量mg | |
---|---|---|---|
食パン | 80 | 170 | 136 |
ご飯 | 150 | 83 | 124.5 |
ご飯 | 150 | 83 | 124.5 |
合計 | 385 |
リジンの1日あたりの必要量は、日本人の食事摂取基準2010年版*4で調べてみましょう。付録11ページに、「成人の不可欠アミノ酸必要量」という表が載っています。これによると、リジンは1日あたり、30mg/kg体重となっています。体重60kgとすれば、1,800mg必要になる計算です。主食3食では385mgしかいっていません。あと1,415mgも必要です。
でも、心配することはありません。牛肉でも豚肉でもラムでもうさぎでも、肉類はだいたい100gあたりで1,400〜1,900mgのリジンを含んでいます。これは魚でも同じです*5。
ですので、1日3回食事をして、3食のうち1回はあじの開きでも豚のしょうが焼きでも、うさぎの丸焼きブルゴーニュ風冷徹仕立てでも、とにかく魚類肉類の主菜を食べれば、それでもう十分な量のリジンが摂れてしまうのです*6。とりたてて、このブルゴーニュ風に大根おろしを添えるのをためらう必要はないでしょう*7。
「納豆と生卵」
さて次に、「納豆と生卵」です。生卵にはアビジンというたんぱく質が含まれていて、これがビオチン*8というビタミンの消化吸収を妨げるのでよろしくない、というのです。アビジンというのはかなり名を馳せているので、わたくしでも「アビジン → ビオチン」と連想ができるくらいなのですが、しかしビオチンもリジンと同じく、それほど欠乏を心配するようなものではないと思うのです。
思うのです、といっておきながらたいした資料もないのですが*9、「腸内細菌によって合成されるので、通常では欠乏することはない」*10「ヒトでの欠乏症はまれにしかみられない」*11と言いますし、欠乏症のリスク集団も
となっています*12。
健康な人がたまに生卵を食べるくらい、まったく気にする必要はないのです。
お得なのは気にしちゃう
このように、食べ合わせについてそんなの気にしなくていいとの主張を展開してきたわたくしなのですが、「これとこれを食べると消化吸収にいいのよね」とか言われると、そちらについては必要量云々言うことなく、合わせて摂りたくなってしまいます。現金なのものなのです。
*1:そういえば「不可欠アミノ酸」って言うようになったんでしたっけ?
*2:摂取したたんぱく質をどの程度有効活用できるか、これをアミノ酸スコアといいます。
*5:同じく、日本標準食品成分表準拠 アミノ酸成分表2010
*7:栄養学的には。料理人としては知らない。
*8:「ピルビン酸カルボキシラーゼやアセチルCoAカルボキシラーゼの補酵素として炭酸固定反応に関与」(『クエスチョン・バンク』p431)とあるから、糖新生と脂肪酸合成に活躍でよろしい?
*9:国民健康・栄養調査でもビオチン摂取量が把握されていないので。それというのも食品成分表にビオチンが収載されたのが2010年版になってから。平成21年度の健康・栄養調査では、ひょっとすると把握されることになるのかもしれません。
*10:『クエスチョン・バンク 管理栄養士国家試験問題解説2011』(asin:4896323386)p283
*11:『健康・栄養食品アドバイザリー・テキストブック』(asin:4804111840)p28
*12:同上