乳糖のカルシウム吸収について

 ゆえあって「食品とカルシウム吸収について」を読んだのですが、面白かったのは乳糖に関するこんな話でしょうか。

このカルシウム吸収促進作用については、pH低下説、可溶性複合体説のほか、最近では乳糖が吸収部位である小腸の絨毛細胞のカルシウム透過性を高めるという説が有力となっているが証拠はない。(略)さらに Allen (*2) は、この作用は、乳糖がほかの糖類より消化吸収が遅く、小腸下部までカルシウム吸収に関わるからだろうとしている。

食品とカルシウム吸収について

 要するに機序は正確には特定されていないけど、乳糖は何らかの作用によってカルシウム吸収を促進し、その乳糖の作用は乳糖がなかなか分解されないことで長く持続できているんだろう、ということでしょう。

 確かに乳糖は、消化されにくかった記憶があります。乳糖はその名の通り糖質で、グルコースガラクトースの結合した二糖です。したがって、吸収するには小腸粘膜上皮で膜消化をし、グルコースガラクトースに分解しなければなりません。しかしながら、この膜消化の速度が、他の糖質に比べて時間がかかるらしいのです。

成人小腸の二糖類水解速度は、麦芽糖を100%とすると、ショ糖29%、トレハロース12%、乳糖3%(ラクターゼ高発現者17%)である。日本人の成人では、乳糖の水解速度は低い。
(『健康・栄養食品アドバイザリースタッフ・テキストブック』p11)

 でも、消化されないから長くカルシウム吸収促進作用が持続するのであれば、乳糖不耐症の人のほうが、乳糖全然オッケーっていう人よりもカルシウム吸収率高くてよさそうなものです。引用文にあるように、ラクターゼ高発現者の乳糖水解速度は17%ですが、通常では3%です。より乳糖が残っているのだから、よりカルシウム吸収に益があってしかるべきでしょう。

 なんて思っていたら、そんな実験結果もあるみたいです。

 また、Levenson ら(*4)は、乳糖不耐症者は正常者よりカルシウム吸収率が劣るという Cochet らと、乳糖不耐症者の方がむしろ吸収がよいという Griessen らの相矛盾した報告を検討し、前者ではCacl2と50gの乳糖を用いており、後者では粉乳を還元した調整乳で乳糖は23.3gであるという条件の違いを指摘している。

食品とカルシウム吸収について

 塩化カルシウムと乳糖なのか、粉乳由来の乳糖なのかがどれほどの違いや意味を持つのかはわたくしには全然わかりませんが、「乳糖不耐症者の方がむしろ吸収がよい」なんて結果の出た実験があったのがまず驚きです。

一つの試験では、被験者にカルシウムをラクトーゼ*1をいっしょに飲ませ、もう一つの試験ではカルシウムだけを飲ませた。ラクターゼ*2欠乏者は全員、カルシウムをラクトーゼといっしょに摂取したばあい、興味深いことにカルシウム吸収総量が平均十八パーセント減少した。(略)ラクトーゼ保有者がカルシウムとラクトーゼをいっしょにとったばあい(略)ラクトーゼなしでカルシウムを摂取したばあいの吸収総量の平均六一パーセントも増えた。
(『食と文化の謎 (岩波現代文庫)』p193)

 したがって、カルシウム源を乳製品に頼っていた人々において、自然選択がラクターゼ保有者に有利に働いて結果ヨーロッパ人はラクターゼ高保有者になったとさ。な話を聞いていたので、ラクターゼ保有者のほうが乳糖によるカルシウム吸収促進効果において、優れているとばかり思っていました。

 ですがもし、乳糖不耐症の人のほうがカルシウム吸収率高いならば、この自然選択で有利に働いた説も、ちょっと弱くなりそうな気がします。

(略)ラクターゼ欠損症の人の乳糖に対する認容力はさきざまで、80%以上の人は、約1リットルの牛乳に相当する50gの乳糖負荷には耐えられないが、コップ1杯(200ml)の牛乳に相当する10gの負荷では、ほとんど特別な症状を呈することはない。したがって、ラクターゼ欠損症の人でも、一度に大量の牛乳を飲まなければ、通常は問題なく牛乳を飲むことができると考えられる。

食品とカルシウム吸収について

 もしかしてヨーロッパ人の祖先となる人たちは、乳糖不耐症の人が根を上げるほど大量の牛乳を一度に飲む食生活をしていたのでしょうか。

 もっとも、

乳糖不耐症者に骨粗鬆症が多いという報告があるが、それはカルシウムの吸収が悪いというより、カルシウムの摂取、特に牛乳・乳製品の摂取が少ないためであろうと考えられる。

食品とカルシウム吸収について

なんていうから、ヨーロッパ人の祖先となる人たちも、乳糖不耐症の人は牛乳飲むのいやがってそこからカルシウム欠乏になり、なんて自然選択を受けたのかもしれませんけれども。

 あとヨーグルトのこれも面白い。

 Smith らは、5人の健常人と7人の乳糖不耐症のボランティアに牛乳とヨーグルトを与え、カルシウムの吸収を調べた結果、牛乳では両者に有意差はなく、ヨーグルトでは乳糖不耐症の方がやや吸収がよかったと報告している。

食品とカルシウム吸収について

 ヨーロッパ人の祖先となる人たちは、ヨーグルトよりも牛乳を多く食卓に上げていたんでしょうか*3ヨーグルトのほうが牛乳よりもカルシウム吸収がいいというし、牛乳じゃなくてヨーグルトでたくさんのカルシウムを摂取していたら、ラクターゼ保有者の割合もその他の人たちと別に変わらなかったかもしれません。

追記

 Levenson らが指摘したっていう「Cacl2と50gの乳糖」と「粉乳を還元した調整乳で乳糖は23.3g」は、ひょっとして塩化カルシウムとかそういうのが問題なんじゃなくて、乳糖の量が問題なんだろうか。

 「食品とカルシウム吸収について」から引用した文に「80%以上の人は、約1リットルの牛乳に相当する50gの乳糖負荷には耐えられない」とある。

 乳糖不耐症の人には50gの乳糖は耐えられないのでカルシウム吸収が悪くなり、23.3gならまだ耐えられるので、カルシウム吸収がむしろよくなったんじゃないか、っていう指摘なんだろうか。でも、だとしたらやっぱり、自然選択弱くないかい? 一度に1リットルも牛乳飲む食生活なのかい、昔のヨーロッパ人は。

*1:ラクトース=乳糖のこと

*2:乳糖分解酵素

*3:ヨーグルトに注意が行ってたから気づかなかったけど、これ牛乳でも有意差ないんじゃん。本当なら、ますます自然選択肩身狭くなる。