トリプトファンとセロトニン2

 以前、トリプトファンとセロトニンの話のときに、

 逆に高炭水化物食(無たんぱく)だと、たんぱく質はないけれども、上昇した血糖からインスリンが分泌されて、それがトリプトファン以外のLNAAsの筋肉への取り込みを刺激するので*5、血漿トリプトファン/LNAAs比が上昇して、競合が少なくなって脳に取り込まれる量が増えるというわけです。

と書いておきながら、その実

って書いてあるけど、インスリンってアミノ酸の取り込みまで刺激するの?

なんて疑問を脚注に記して、それ以降特に調べもせずに放置していたのですが、この度同じような記述にお目にかかりました。『運動と栄養と食品』*1がそれです。

 インスリンの生理作用は臓器(脂肪組織、骨格筋、肝臓、その他)によって異なるが、これを列挙すると、糖・アミノ酸・K+の取り込みの促進、タンパク質合成の促進、タンパク質分解の抑制、解糖系酵素・グリコーゲン合成酵素の活性化、グリコーゲンホスホリラーゼや糖新生酵素の抑制、脂質合成酵素のmRNA合成の促進などがあげられる。
(『運動と栄養と食品』p30)

 このように、列挙されるインスリンの作用には、立派に「アミノ酸の取り込み促進」とあります。

 考えてみれば、当然の反応なのかもしれません。エネルギーがないときは糖新生たんぱく質まで使ってエネルギーを作り出すけれども、エネルギーが十分にある → よし、んじゃあ取り込もうというのがインスリンの作用なわけで、逆にたんぱく質合成が活性化される → 材料のアミノ酸だって取り込まないとね! ってな感じでしょう。

 さて、インスリンアミノ酸取り込み作用とはまったく関係ないんですが、先日見たトリプトファンセロトニンの話も出てきました。

 また、持久運動では骨格筋でのエネルギー源として分岐鎖アミノ酸も利用される。分岐鎖アミノ酸は特異的な輸送タンパク質によって脳内に取り込まれるが、同じ輸送タンパク質をトリプトファンも利用している。
(同 p45)

 したがって、持久的運動によって分岐鎖アミノ酸(BCAA)が骨格筋に利用されると、血中BCAA濃度が下がって脳内トリプトファン量が上昇、セロトニン合成が増加する、という以前見たのとほとんど同じ流れが紹介されます。

 また、同じく長時間の持久的運動を行うことでエネルギーとして使われるものに、脂肪酸があります。脂肪酸は、血中でアルブミンというたんぱく質と結合しているそうなのですが、このアルブミントリプトファンとも結合するんだそうです。

 持久的運動によってエネルギー需要が亢進することで、脂肪酸が血液中に動員される。すると、アルブミンがその輸送に使われて、アルブミンから遊離したトリプトファンが増えることになる。結果、脳内に流れ込むトリプトファン量も増えて、セロトニン合成が増加する、のだそうです。

 で、セロトニンが増加するとどうなるのか。

 先日見た話では、セロトニンの増加は眠気やら鎮静やら、そういったものをもたらしていました。ここでのセロトニン増加は、疲労をもたらす、とされています。疲労セロトニン仮説と言うんだそうです。

 脳内のトリプトファン流入を抑制することで疲労感が抑制されることや、セロトニン作動性神経の活動を薬物で変化させることで持久運動の成績が変わることなどから、この仮説は妥当であると考えられてきた。
(同上)

「考えられてきた」なんて意味ありげな書き方からも伺えるかもしれませんが、このあと続くのは「しかし」という逆説であって、著者は「セロトニン増加 → 疲労」という仮説を、普段の生活で感じる疲労の原因としては、支持していません*2。していませんが、セロトニン増加が眠気や鎮静をもたらすのだとしたら、それは疲労からの回復を欲する表れなのかもしれず、疲労と眠気はすごく相性がいいなあと、わたくしは感じたのでした。

*1:asin:425469041X

*2:あくまで普段の生活で感じる疲労の原因としてであって、持久的運動をした場合はその限りではない。「実際に、BCAAを運動前に摂取することにより、運動中の主観的運動強度を低下することが報告されている」「十分なタンパク質(BCAA)の摂取は、中枢性疲労の予防もしくは回復に効果的である可能性が高い」(いずれも、『運動と栄養と食品』p12)だそうです。