もち米の腹持ちについて

 皆さまがたにとってはどうでもいいことなのですが、先日書いた記事には長い長い前置きがありました。それは、わたくしが学生時分にアミラーゼの種類とその作用点を習ったときにはたと感じた、日本で言われるお餅の腹持ちについての違和感です。日本では、おそらく、お餅は腹持ちがすると言われていると思います。しかしながら、これがどうにも疑問なのです。

 どのようにして空腹に至るのか、というのがわたくしには少々難しい問題なのですが、たとえば教科書的には静脈血と動脈血で血糖に差がなくなるとか、また同じことを言っているのかもしれませんが血糖値がある程度まで下がるとか、あるいは内臓的な感覚であるとか、そのような具合であるのでしょう。先日疑問を呈したところの「食後高血糖インスリンどばどば → 低血糖 → 空腹」なる連鎖ですが、これも低血糖からさらなるエネルギーを欲し、食欲が出る=空腹になるという図式です。

 学生時分に聞いた話から推測すると、お餅はご飯よりも素早く消化吸収されるように思えます。だとすると、血糖値もことによると早く下がるんじゃないかと思うし、内蔵感覚的にも素早くなくなって空腹が訪れるのも早くなるのではないかと、このように思ったのでした。

でんぷんの構造について

 学生時分には食品学なんてものをやりますので、各論でお米を構成するでんぷんの構造についての話を聴くことになります。それによれば、通常のご飯であるところのうるち米のでんぷんは、20%のアミロースと80%のアミロペクチンから構成されている、とあります。対してお餅をつくるもち米のでんぷんは、100%アミロペクチンです。アミロースグルコースが直鎖状に連なったもので、アミロペクチングルコースが枝分かれのある構造で結びついたものです。

 また同じく学生時分の講義では、でんぷん分解酵素のいくつかについて話を聴くことにもなります。それによれば、αとβ、それからグルコの3つのアミラーゼは、非還元末端を軸に各点に作用する、というのです。

 非還元末端とはあまり聞きなれない単語で、わたくしも今となっては出来れば説明を省きたい事柄ですので簡単にすませてしまえば、連なったグルコースの終点のことです。アミロースは先ほど記したように直鎖状ですので、1つの始点には1つの終点しかありません。アミロペクチンは枝分かれがありますので、1つの始点に対して多くの終点を持つことになります。αアミラーゼであれば、終点から適当に見繕った結合部をちょいと切り、βアミラーゼであれば、終点から2つめの結合部をねじ切る。グルコアミラーゼは、終点から1個1個順番に結合を切断していく作用がある、とその先生はおっしゃいました。

 とすると、終点のたくさんあるアミロペクチンのほうが、終点の1つしかないアミロースよりも酵素作用点をたくさん持つことになります。それなら、アミロペクチンのほうがアミロースよりも分解されやすい → エネルギーが早く体内に入る → 早く枯渇する → 早く空腹が訪れるのではないかと、このように考えたのでした。

グリコーゲン分解はそうみたいだよ!

 さらに、今となっては少々懐かしくなってしまいましたが、ハーパー様のグリコーゲンに関する記述を読んで、その考えは補強されました。

 グリコーゲンは高度に分枝した構造をもつので、分子内の多くの場所で分解が起こり、速やかにグルコース 1-リン酸に変換されて、筋肉の活動に使われる。
(『イラストレイテッド ハーパー・生化学 原書27版』p176)

 やはり、枝分かれがあるからこそ、多くの場所で分解が生じています。

 さらに、スポーツ選手が行うグリコーゲンローディングは、これの逆を利用しているとあります。グリコーゲンローディングの話で見たように、急速に合成させると、枝分かれのないグリコーゲンが作られる。こうすることで、分解速度を緩やかにして、グルコースの枯渇を先延ばしにすることができるというわけです。分枝が少ないと分解が遅く、分枝が多いと分解が早い。ならば、枝分かれの多いアミロペクチンは、直鎖状のアミロースよりも分解の度合いは早いに違いないのです。

 これが、今まで特に確かめもせずひとり合点しておりましたところの推測です。

で、実際はどうなのか?

 ciniiで検索したところぴったりなものがありました。「アミロース含有量が糖質食後の血糖応答に及ぼす影響」*1がそれです。ここでは、7名の男性を対象に、グルコース量にして75gに相当するご飯235gと、同じグルコース量に相当するお餅139gを食べたときの、食後の血糖推移と血清インスリン量の推移を観察しています。結果は以下のグラフの通りです。*2

 意外なことに、わたくしが上で長々と記したような結果ではありません。血糖値、インスリン値とも、両群に有意な差はなかったそうなのですが、しかし血糖値に関して言えば、お餅を食べたときのほうがやや血糖上昇が低い傾向が見られる、くらいは言えてしまいそうな結果です。完全にわたくしの推測は外れてしまいました。これは一体、どういうことなのでしょうか。

 著者によれば、やはり理論上は、アミロースと比較するとアミロペクチンのほうが素早い消化を受けるとされている、とあります。

アミロースグルコースが直鎖状に結合した螺旋構造を持ち、アミロペクチンは分枝構造を持つ。その結果、アミロペクチンアミロースに比し、分子当りのでんぷん分解酵素の作用を受ける表面積が大きくなる。(略)結果として消化・吸収されやすいとされている。

 これは理屈の上の話だけではなくて、実際にアミロースを多く含有する食事を摂ると、アミロペクチンが多い食事を摂ったときと比べて、血糖値が低く推移しインスリン分泌量も少ないという報告もされているといいます。

 ではなぜ、この実験では両群に差が出なかったのか。

 それこそがこの実験を行うにあたっての意義でもあったのですが、この実験はご飯を炊く際に、アミロース含量の低いお米を使用しているのです。血糖上昇が低かったと報告されているようなお米は、アミロース含量が23〜28%であるのに対して、この実験で用いたお米のアミロース含量は、15〜20%であるといいます。なぜそのようなお米を用いたかといえば、通常日本人が食べているお米のアミロース含量がそれくらいだから、とのことです。著者はこれらの結果から、低GIのような効果を求めるのであれば、少なくともアミロース含量が25%は必要だろうとしています*3

 アミロース含量20%が25%に増えたところで、5%の増加がなんぼのもんじゃいと思うのですが、しかし実際に血糖値を低く推移させている報告があるのですから、大きな5%なのかもしれません。いずれにしても、学生時分にふと感じた疑問は理屈の上ではあっているのかもしれませんが、実際のわたくしたちの食生活に限ってみれば、あまり当てはまらない推測であったのです。

 現代日本においては、消化吸収に関してうるち米ももち米も、大差がない。よって、その観点から腹持ちを考えても勝負がつかない。これが正しい結論のように思います。

*1:http://ci.nii.ac.jp/naid/110000973947

*2:毎度のごとくグラフから読み取って再グラフ化しております。

*3:ちなみに、この実験ではグルコース75gが入った水を飲んで、それの血糖推移面積、インスリン推移面積との比較も行っています。血糖値についてのみ結果を記せば、ご飯でグルコース摂取時の97.2%、お餅で99.6%であったといいます。つまりGIが97.2と99.6ですから、かなりな高GI食品であるといえるでしょう。(と、今気がついたけど、なんでお餅の血糖推移曲線下面積のほうがご飯のより小さいのに、グルコースのそれとの比率では、99.6%と大きくなってるんだろう? 僕のGIの把握の仕方が間違ってるか?)