『和食;日本人の伝統的な食文化』から、気になったところを適当に。その1
すでに先日の日記でも引用しましたが、最近農水省の日本食文化テキストブック『和食;日本人の伝統的な食文化』なるものをちまちまと読んでおります。
事の次第
昨年末ごろに、和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたというニュースがありまして、ちょっと調べたら、和食のガイドブックなるものが出ているという話を耳にしました。無形文化遺産になったことで、伝統食賛美の傾向がよりいっそう強まったらイヤだなあと思っていたのですが、ただ困っていてもしょうがない。公式のガイドブックは和食についてどう言っているんだと、このように興味を持ったのでした。
実際の公式ガイドブックは今読み進めている『和食;日本人の伝統的な食文化』とはまた別にあるのですが、「上記の「和食ガイドブック」をお読みになって興味を持たれた方はぜひ、ステップアップとしてこちらもお読みください」とあるし、kindleに簡単に持っていけたしで、こちらのほうを読んでいる次第なのです。
本当はしっかりすべて読んだ上で、まとめて一貫性のある形でなにがしか記すのがいいのでしょうが、そんな腰を据えた作業をするとなると敷居が高くて動けなくなりますので、とりあえず引っかかったところを一方的に羅列していこうと思うのでした。
「目次・前書き」から
まず、前提の「日本の食文化」とはなにかというところから始まります。
そもそも食文化とは、人間の食生活における文化的要素という意味ではなく、人類の食に関する一切の事象を含む概念である。こうした食文化は、自然の気候風土、社会的環境によって形成されるので、自ら地域的あるいは、民族的な文化的特徴をもつ。ここに日本特有の食文化が誕生する。
これ、実のところ大切な把握の仕方だと思っていて、この把握の仕方だと、よく言われるような「食文化の崩壊」なるものが生じる隙はない、と思うのです。
たとえばジャンクフードばかり食べるようになったところで、そのような食に関する事象が生じたわけで、それは「食文化の崩壊」ではなく「食文化の変遷」と言えると思うのです。「食文化」が崩壊してしまったら、「食に関する一切の事象」が崩壊するわけで、それは食べる行為がなくなるときにしか言えない言葉でしょう。
しかし食文化は生きものである。時々刻々、変容している。どの時点で押さえるのか、とてもむずかしい。また、概念化したからといってそれを守るべき規範であるとか原則であるとかいった主張をするつもりは毛頭ない。
本書はなるべくニュートラルな立場で執筆されてはいるが、全体の問題意識としては、「日本の食文化はかつてこのようなものであった」という客観的な叙述に終わらず、そのすぐれたところを今日に生かし、未来へつなげたいという研究会全員の思いが強くあることを、付け加えておきたい。
と、このようにまずは立場を明らかにしています。
でも、「守るべき規範であるとか原則であると」いった主張はしない、「なるべくニュートラルな立場で執筆されてはいる」と言いながら、「すぐれたところを今日に生かし、未来へつなげたい」とは、当たり前かもしれないけど、どこか規範めいたものを感じてしまいます。
「栄養面から見た日本的特質」から
テキストの順番だと、前書きの次は「日本の伝統的食文化としての和食」なのですが、好き勝手に読んでいますので、こちらに進みます。
日本型食生活とその誕生*1
しかし、日本人の平均寿命を世界一にまで延長するのにもっとも貢献したのは、「日本型食生活」と呼ばれる、この国の特徴的な食事様式である。この国の住民の平均的な食生活(=日本型食生活)を支えた食事、つまり日本食(和食)は、日本人になじみ深い食材を用いて整えられた、伝統的な主食、主菜、副菜がそろった食事のことである。生食、素材の味を生かした薄口の味付け、そして繊細な盛り付けの3点が日本食の特徴とされ、世界的にも評価が高い。
わたくしも栄養関係の仕事をしておりますので、食事が貢献したと言われるのは非常に心地よいですが、しかし踏みとどまらなければなりません。当然のように書いていますが、それは本当なのですかと。おそらく、日本人の食生活がそのような寿命延長をもたらしたひとつの要素であった、とは思うのですが、でもそれが「もっとも貢献した」かどうかはわからないんじゃないでしょうか。
さらに、
- 生食
- 素材の味を生かした薄口の味付け
- 繊細な盛り付け
を日本食の特徴として挙げていますが、そのお上品な料理は本当にこの国の住民の平均的な食事なのでしょうか。古くは魚を生食できる地域なんて限られていたのでは? 薄口の味付けって言いますが、塩分摂取量多いでしょう? 繊細な盛りつけは……まあ、アメリカンな盛りつけよりは平均的な主婦も繊細に盛り付けていたかもしれません。ソースはイメージだけですが。
上記の引用箇所を読むと、いかにも日本人は古くからこのような食事をしていた感じがしてしまいますが、違います。この「日本型食生活」の定着は、すぐにあとに記されるように、つい最近のことです。
1980年、農政審議会は内閣総理大臣(佐藤栄作)に対する答申「80年代の農政の基本方向」の第1章「日本型食生活の形成と定着ー食生活の将来像」の中で、欧米諸国と比較して優れたバランスを持つ日本の食生活を評価し、栄養学的な視点はもとより、総合的な食料自給率維持の観点からも(しかし、2008年現在、食料自給率はカロリーベースで約41%に低下した)、この「日本型食生活」を定着させる努力が必要であることを提言した。
このあと1983年の「食生活懇談会」の提言と、1990年の「日本型食生活指針検討会」による食行動指針を基にして、農水省は「日本型食生活」の維持・定着に努めたとあって、
この「日本型食生活」と呼ばれる食事パターンは、より正確には、1970(昭和45)〜1980(昭和55)年代の、この国の住民達にとってごく普通の、平均的な食事パターンを指していた。
とあります。
こう見ると、「日本型食生活」は日本の歴史上にほんの10年ばかり偶然に存在した食事内容でしかないと言えるんじゃないでしょうか*2。だからこそ、「定着」させる努力を必要とした。もちろんそれが栄養学的によろしいということでしたら、参考にもしますし、利用しようとも思いますが、しかしこれを「日本型です!」と大々的に言うのは、若干よりも少し大きいくらいの抵抗と、言ったときの弊害もあるんじゃないかとの懸念があるわけです*3。
さて、このような「日本型食生活」の誕生は、経済的な繁栄が背景にあります。本テキストによると、日本は、1950年代中盤から1970年代の前半まで高度経済成長を遂げていて、1968年にはGNPが資本主義国中第2位となったそうです。
この経済成長に伴って、国民のタンパク質摂取量、すなわち、肉類、鶏卵、牛乳・乳製品、魚介類の供給量、も急速に増加し、それに反比例するかのように、コメ・イモ類の消費量が1910年代の半分以下になった。この高度経済成長に至るまでの日本人の食生活、つまり日本型食生活は、動物性食品よりも植物性食品に依存することが多かった。……そのような時代や地域では、穀類と豆類が必要なタンパク質の主な供給源となっていたが、人々は慢性的な食料不足、栄養不足に悩まされることが少なくなかった。
以前は食料不足、栄養不足が問題であって、あまりいい食環境ではなかったのです。あと、魚介類も高度経済成長期に摂取量が増えている、というのも地味にポイントだと思います。
図録▽魚介類消費の長期推移によれば、1911年から1939年までで一番魚介類供給量(純食料)が多かったのは1935年で、1人1年あたり15.3kg。これが戦争で一旦下がった後、1950年に14.8kgとほぼ戦前の水準になって、以後も右肩上がりで1960年には27.8kg、1970年には31.6kgとなっています。
ちなみに、現在のところピークは2001年の40.2kgで、2011年はそこから下がって28.6kgになっています。ピーク時が2001年っていうのがまずイメージと違います。2001年って、食の欧米化が叫ばれて久しく、魚離れも進んでいそうな感じがしますが、でもピークなんですね。2011年はそこからわずか10年でだいぶ減少したのだなあと思います。
加齢に伴う嗜好の変化
この国の住民の場合、成長期には好んで肉食をするが、歳を重ねると淡泊な味の、植物性の食物を好むようになる傾向がある。……このような、加齢にともなう食嗜好の切り替わりが、現在でも、日本人の寿命延長に役立っている筈である。
歳を重ねると、というのがいくつくらいを指しているのかわかりませんし、歳をとってからも成長期と同じように食事をしていたらそれこそ問題です。したがって、この記述が間違っているとは言えません。
しかし、このようなステレオタイプは危険だと、栄養学の学校では言っていた記憶があります。つまり、もう俺も歳だから肉とか食べるのはよそうと、自ら食の嗜好を変化させることがあるそうなのですが、しかし、お年寄りで気にするのはまずは低栄養なので、肉や魚が食べられるなら食べたほうが、基本的にはいいと思うのです。
65歳くらいまでは、体重と脂肪重量は共に増加するが、70歳以降は逆に体重と除脂肪体重とは減少する。そのために、高齢者ではたんぱく質エネルギー栄養障害の有病率が増加する。
(『ネオエスカ応用栄養学』*4p157)
高齢者の嗜好は、長年にわたって培われたものであるので、一気にうす味に変えることは難しい。特に、減塩にしたために食欲を失うことの方が、少々の塩分の摂り過ぎよりも、高齢者にとっては重大なことである。
(同 p160)
血圧の話
ヒトの血圧は植物性タンパク質の摂取量と逆相関するので、植物性食品(つまり、植物性タンパク質と植物性油脂)の多い日本型食生活では、高血圧になりにくい。
なんか日本って高血圧多そうなイメージだったんですが、これでも他の先進諸国と比べれば少ないほうなんでしょうか。ちょっと意外、と思いつつ「高血圧と糖尿病の国際比較」を見ると、25歳以上の高血圧の人の割合は、世界平均で男性29.2%、女性24.8%のところ、日本は男性26.4%、女性16.7%となっていました。確かに少ないです*5。
高血圧はサハラ以南アフリカやロシアで特に多く、ヨーロッパのドイツやスウェーデンや中国でも世界平均を上回っている。日本は比較的すくない方である。
(「高血圧と糖尿病の国際比較」)
「正常」でない食生活について
各種の調査結果を見ると、家庭内の食行動、食生活スタイルも正常ではなくなってきた。……1日3食食べない食生活=“崩食”している人や、健康への影響や栄養効果を考慮しない、成り行きまかせの食生活=“放食”している割合も増加の一途をたどっている
「5つのコ食」とか、こういう言葉遊びでうまいこと言ってる感が好きじゃないからそう思うだけかもしれませんが、これは単に正常を定めてそこからの逸脱を批判しているだけじゃないでしょうか。1日3食食べない。いや、たぶん昔からそういう人もたくさんいたのでは? 「日本型食生活」の時代には少なかったかもしれないけど、それ以前の歴史を見れば。
沖縄の長寿について
(沖縄は男女とも長寿日本一であったが)2002年12月に公表された2000年時点における都道府県別平均寿命表では、女性は全国で1位の86.1歳であったが、男性の平均寿命は77.64歳(全国平均77.71歳)で全国26位に転落した。
これ、わたくしも最近「パン食が浸透したのは日本政府が米食低脳説を唱えたから、はデマ」という記事を見て見て知ったのですが、沖縄の男性の平均寿命は、確かに全国ランキングでは上位ではなくなってしまいましたが、でも平均寿命自体は延びているそうなのです。
孫引き*6で恐縮ですが、
しかし、実際には沖縄県男性の平均寿命は延びており、長野をはじめとする他県の寿命が大幅に伸びて相対的に沖縄のランキング順位が下がったことが、読者に「寿命が縮んだ」と誤解されたものである。
実際、厚労省の「都道府県別にみた平均寿命の推移 」を見ると、平成12年のデータで、沖縄の男性は平均寿命77.64歳で全国26位なのですが、そのあとの平成17年のデータでは、全国25位ではあるものの、78.64歳と、ちゃんと平均寿命が伸びています。
年 | 平均寿命 | 全国順位 |
昭和50年 | 72.15 | 10 |
昭和60年 | 76.34 | 1 |
平成7年 | 77.22 | 4 |
平成12年 | 77.64 | 26 |
平成17年 | 78.64 | 25 |
平成22年 | 79.40 | 30 |
一応このことは本文のすぐあとにも触れられるんですが、
2005年までの5年間でも寿命の伸び率は全国で最低であった。
ずいぶん否定的な文章です。でも平均寿命自体延びているのだから、「26ショック!」*7とショッキングに取り上げて、悪く言うことでもないように思います。
倹約遺伝子仮説について
食糧が十分供給される現代社会では、倹約遺伝子を持っていることが仇となって、肥満・過血糖・糖尿病になって、生き長らえることが次第に難しくなっている、と考えられる。
倹約遺伝子仮説に対する反論を最近目にしたので貼っておきましょう。
ゆっくり食べダイエット
ゆっくり食べる(一口食べるごとに、ナイフ・フォークを下ろしてひと休みする)と、1食あたり70kcal、1日で210kcal、食べる量が少なくなった、というのである。
ということは、ほぼ1ヶ月で1kg体重が減る計算。ダイエットするかたは試してみては?
以上
まとまりませんが、「目次・まえがき」と「栄養面から見た日本的特質」でした。予想外に頑張ってしまいましたが、たぶん次は、こんな密度にはならないでしょう。
*1:これ、別にテキストにある章立てではありません。こちらで書きやすいように内容をまとめただけです。
*2:始めから1970〜1980年の10年間を念頭においているから、和食の特徴に「生食」が出てきたような気がします。「日本型食生活」において、コールドチェーンは確立されているわけです。
*5:アメリカの、男性17.0%、女性14.2%という異常な低さが気になりますが。ひょっとして、薬で下げている人は入らないのでしょうか。と思ったら、注に「WHOデータでは降圧剤服用者かどうかを高血圧の判定に含めていないのに対しこの数字には基準以下の血圧に抑えられている降圧剤服用者を含むことによるものと考えられる。」って書いてあった。
*6:もとは「生活改良普及員の昭和20〜30年代の栄養指導の意義と功績」(荻原由紀)「農業および園芸」2013年12月号、だそうです。
*7:26位に転落したことを、俗に「26ショック」と呼ぶそうです。