間違ってへこんだ、NADPHとコリ回路

 とある試験問題の選択肢で、「ペントースリン酸回路核酸合成に必要なエネルギーを供給する」「肝臓は筋肉から輸送された乳酸をグルコース代謝する」というものがありました。ペントースリン酸回路すでに見たように、その機能は2つありました。ひとつは、核酸合成に必要なリボース 5リン酸の産生。もうひとつがNADPHの産生です。

 ここまでは覚えていたのですが、ではNADPHがなにをするものだったかということが、すっかり抜け落ちてしまっていました。振り返ってみると、どうやら脂肪酸ステロイドの合成に必要で、また赤血球との関連で見れば、赤血球内で酸化したグルタチオンを、過酸化水素を除去できる還元型のグルタチオンに戻すのにも使われるのでした。

 それじゃあ、核酸合成に必要なエネルギーってなんでしょう? ハーパーさまの「核酸の機能と構造」「遺伝子の構成、複製、修復」「RNAの合成、プロセシング、修飾」をざっと読んでも、そんなものは出てきません。まあ問題文を読んでいるときに僕の頭に浮かんでいたのが、ペントースリン酸回路で生成されたリボース 5-リン酸がヌクレオチド*1に合成されるまでのことだったので、とりあえずそれを調べてみましょう。

 ヌクレオチドを構成する塩基は大きく分けて、プリンとピリミジンという二種類に分けられます。DNAの塩基と言えばアデニン、チミン、グアニン、シトシンで、アデニンはチミンと、グアニンはシトシンと相補的に結合することはご存知の方も多いと思います。このうちのアデニンとグアニンがプリン塩基、チミンとシトシンがピリミジン塩基に相当します。

より小さいピリミジンがより長い名前を持ち、より大きいプリンがより短い名前を持つこと、(略)に注意してほしい。
(『イラストレイテッド ハーパー・生化学 原書27版』p319)

というのがどれほどの意味を持つのかわかりませんが、読み流したにもかかわらず大きさに関しては完璧に覚えることができました。

 プリンヌクレオチドの合成経路は、リボース 5-リン酸がATPから2個のリン酸を受け取って5-ホスホリボシル-1-ピロリン酸(PRPP)になるところから始まります。そのあといろいろあって中間体であるイノシン一リン酸(IMP)に代謝されます。
ここから2つの経路、ひとつは、アデノシン一リン酸を合成する経路、もうひとつは、グアノシン一リン酸を合成する経路に分かれます。この間、最初にATPを用いた以外で(実際にエネルギーが使われているのかどうかはわからないけれども)目についたそれらしきものは、ATP、GTPの二種類のみです。プリンヌクレオチドの合成に、NADPHは使われていないようです。

 つぎに、ピリミジンヌクレオチドの合成系に目を移すと、こちらの出発物質はリボース 5-リン酸ではなくて、二酸化炭素とグルタミンとATPから作られるカルバモイルリン酸と、アスパラギン酸になります。この二者が、リン酸基1個を手放して結合し、カルバモイルアスパラギン酸になるところからはじまります。その後、オロチン酸になったところでさっき出てきたPRPPがリン酸基2個手放してくっついて、ようやくリボースが合流します。それからいろいろ経たのちにウリジン二リン酸になったところで分岐して、デオキシチミジン一リン酸と、シチジン三リン酸に合成されます。

 なんでチミンだけ「デオキシ」なのか。ピリミジンヌクレオチド合成系の分岐点で、チミンのヌクレオチドを合成する経路では、ウリジン二リン酸をNADPH(!)とH+を使ってデオキシウリジン二リン酸に、つまりは結合しているリボースをデオキシリボースに還元しています。そこからできるのがチミンのヌクレオチドなので、チミンにリボースが結合したものはないんです。そういえば、DNAの塩基はアデニン、グアニン、チミン、シトシンの4種類なのに、RNAだとアデニン、グアニン、ウラシル、シトシンの4種類でした。

チミンはDNAにしか含まれないので「チミンにリボースが結合したもの」は、現実の実験などにほとんど出てこない。そのためチミジンといえば、特に断らない限り「チミンにデオキシリボースが結合したもの:デオキシチミジン」をさす。
(『生化学 (チャート基礎医学シリーズ (7))』p105)

 さて、合成に使われたエネルギーを見てみましょう。最初のカルバモイルリン酸を作るときのATPのほかには、NADH、それから分岐点からチミジンのヌクレオチドを合成する経路に行く際の、NADPHです。

 使われてんじゃん、NADPH。それじゃあ「ペントースリン酸回路核酸合成に必要なエネルギーを供給する」もあながち間違いじゃないんじゃないか、と一瞬思ったのですが、ペントースリン酸回路のお勉強で引用した赤血球に関連する文章で、

グルタチオンペルオキシターゼ活性はNADPHの供給に依存しており、NADPHは赤血球ではペントースリン酸回路でしか合成されない。
(『イラストレイテッド ハーパー生化学』 p203)

というのがありました。「NADPHは赤血球では(略)」ということは、ほかの組織ではほかの方法でも供給されているということで、ペントースリン酸回路核酸合成に必要なエネルギーを、という限定的な言い方は、やっぱりふさわしくないかもしれません*2

 ちなみに、プリン・ピリミジンヌクレオチドの合成経路では、葉酸の活性型であるテトラヒドロ葉酸の活躍する場所が何カ所かあります。プリンヌクレオチドの合成経路では2カ所、ピリミジンヌクレオチド合成経路では、チミジン一リン酸*3を合成する最後の反応で活躍します。このテトラヒドロ葉酸の合成を阻害することによってがんの増殖を抑えようという抗がん剤があるそうです。

ヒトではまれではあるがプリン欠乏状態は、葉酸欠乏によって起こる。テトラヒドロ葉酸の生成を阻害し、したがってプリン生合成を阻害する薬剤はがんの化学療法に用いられてきた。
(同 p328)

ピリミジン合成を続けるためには、ジヒドロ葉酸は、ジヒドロ葉酸レダクターゼの触媒により、テトラヒドロ葉酸へと還元されなければならない。(略)(ジヒドロ葉酸レダクターゼを阻害する)そのような阻害剤の1つが、抗がん剤として広く用いられるメトトレキセートである。
(同 p330)

 よく調べもせずに思いつきで言ってしまえば、葉酸欠乏で生じる巨赤芽球性貧血も、これら合成系で必要な葉酸が不足することが原因だったりするんでしょうか。

へこんだ間違いはNADPHに関することだけではなく

 もうひとつ「肝臓は筋肉から輸送された乳酸をグルコース代謝する」があるんですが、なんかコリ回路とだけおさえておけばいいような気がしてきた。

*1:リン酸 + ペントース + 塩基。ペントース + 塩基は、ヌクレオシドという。大変まぎらわしい。

*2:それでも誤りでもない気がするんだけど、ひょっとしてほかからもっと限定的に供給されているんだろうか。

*3:特に断ってないから、「デオキシ」チミジン一リン酸。