食後血糖値を抑えると腹持ちするのかどうかについて――理想血糖推移曲線を求めて

 わたくしは一応栄養学を学ぶものですので、世にあふれる健康・栄養情報については、快刀乱麻即座にバシッと判断できなければなりません。したがいまして、昨今の人気記事「「ためしてガッテン」がダイエット食品会社を潰しにかかってる件」につきましても、ダイエット情報=健康・栄養情報=バシッと判断できなければと、半ば身構えながら読んだのでした。

 ところが、ことはそう簡単には運びませんでした。記事によれば、ためしてガッテンは「食事の量が多い→血糖値急上昇→インスリン大量分泌→血糖急降下→空腹感」とのサイクルを主張したとあります。未熟なわたくしは、はやくもこのファーストトピックで固まってしまったのです。

「血糖値急上昇→インスリン大量分泌→血糖値急降下→空腹」という流れは、まあありそうだなあという気がします。たとえば、

こんな感じの理想血糖推移曲線が見られれば、なるほど確かに食後血糖値の上昇が少ないほうが血糖低下までに時間がかかり、腹持ちがいいんだと納得するわけです。

 しかしながら、わたくしが「血糖値急上昇→インスリン大量分泌→血糖値急降下」という流れで知っているのは、後期ダンピング症候群の知識としてだけです*1。健康な人が摂る普通の食事でそのようなことが起こるのかどうかもわからなければ、そのような血糖推移のグラフも見たことがありません。わたくしが目にしたことがある数少ない血糖推移グラフに限れば、「食後血糖値低い→血糖長持ち」というような理想的な動きをしているものは、そう多くありません。

血糖は理想的な曲線を描いてくれない

 たとえば下のグラフは、以前見た 『食事が血糖値に及ぼす影響—米飯食とパン食の差—』*2での、体脂肪率30%未満の被験者における、米飯食とパン食摂取後の血糖値の推移を示したグラフです。

 見てのとおり、パン食のほうが米飯食よりも血糖値の上昇が低いですが、時間が経っても双方同じように血糖値が下がっていくので、食後120分値でもパン食のほうが米飯食よりも低いです。これでは、食後血糖値の低いパン食のほうが(血糖値がすぐに下がらないので)腹持ちがいい、とはとても言えなさそうでしょう。

 また、『食品の違いによる食後血糖への影響』*3は、和食、洋食、食物繊維を添加した洋食を摂取した後の血糖値の変化を調べたものです*4

 洋食で顕著に食後30分値が上昇しているのがわかります。対して和食の食後30分値はかなり低いのですが、食後60分後からの血糖値の下がり具合はやはり双方とも同じように推移しています。その結果、食後血糖値をあまり上げなかった和食のほうで、血糖値が早く食事前と同じ水準まで下がっています。

 さらに注目すべきは食後240分値です。洋食・和食ともに上昇していて、特に和食で上昇しているのがわかります。これは、「BS*5が下がり、血糖上昇ホルモンの作用を受けている可能性が考えられる」ようで、つまりもう空腹で糖新生が始まってるのではないか、というのです。食後血糖値を抑えた食事で特にこの傾向が見られているので、食後血糖値が低いほうが結局のところはやく血糖値下がって、早くお腹すくんじゃないの? との疑問が湧き上がります。

反面、理想的な血糖推移曲線も見たことはある

 もちろん、「理想血糖推移曲線」ともいうべき動きを示しているグラフも見たことがあります。こちらも同じように紹介しないとフェアではないでしょう。

 これは先に挙げた『食事が血糖値に及ぼす影響—米飯食とパン食の差—』*6であった、体脂肪率30%以上の被験者に絞った、米飯食とパン食後の食後血糖値の推移です。肥満者に限れば、食後30分血糖値の低い米飯食のほうが、血糖上昇が長持ちしています。

 まさしく食後血糖値を抑えて空腹になるまでを遅らせる、ですが、ではこれはグッドニュースなのでしょうか。

 残念ながら、あまりいいニュースではないだろうと思われます。その理由は、以前見た際に記していますが、要するに肥満者はあまり食べ物を噛んで食べていないから、消化に時間がかかっていることの表れだというのです*7

 同じことは『食事が血糖値に及ぼす影響 第2報 -自由咀嚼摂取と強制咀嚼摂取の差-』*8で、自由咀嚼摂取(普段と同じ速さで、咀嚼を意識せずに食べる)と強制咀嚼摂取(1口につき40回咀嚼して食べる)の食後血糖値を比較したグラフでも裏付けられます。

 よく噛んで消化されやすくなった→血糖上昇の早い強制咀嚼群のほうが、自由咀嚼群と比較して早く血糖値が下がっています。

あまり噛まなかれば腹持ちするか

 では、あまり噛まずに食べたほうが腹持ちするのでしょうか? 血糖値のみに注目すれば、これもまたありえる話だとは思います。

 先に挙げた和食・洋食・洋食+繊維食の血糖推移を見れば、洋食に食物繊維をプラスした食事では、洋食や和食よりも、血糖値が食事前と同じレベルに下がるまで時間がかかっています。食後2時間値までの血糖上昇総計で計るGIにおいて、和食を100とすれば、洋食+繊維食は151と、血糖負荷は決して低くありません。この意味で、洋食+繊維食は低GI食ではありません。しかし、多くの人がイメージする*9低GIでの血糖長持ちとは、このようなものではないでしょうか*10

 これはもちろん、多くの人が考えるように

今回使用した水溶性食物繊維は粘度の高い溶液をつくり、胃から小腸への食物の移行を緩やかにする。また、拡散阻害作用、吸水・膨潤作用、吸着作用などがあり、摂取した食物は胃で消化され、緩やかに移行し、吸着され、吸収速度が緩慢となる結果、食後の急激な血糖の上昇を防ぐ。*11

という、添加された食物繊維の効果です。結局のところ消化吸収に時間がかかればいいのだから、あまり咀嚼しないという機械的消化を遅らせることでこの効果を得ることも、たぶんできるでしょう。でもそれは、常識的な帰結として、食事の際にお腹が膨れるまでに時間がかかるからより多く食べる、を引き起こすでしょう*12

結局のところ、どうなんでしょう

 食後血糖値をあまり上げないようにするのは、たぶん、悪いことではないでしょう。なんといっても

(略)空腹時血糖が正常域あるいはIFG*13でも、OGTT*142時間値が140〜200mg/dL以上を示すIGT*15においては、さまざまな大規模試験において心血管イベントなどの発症率が上昇することが報告され、食後高血糖が心血管リスクとして注目されるようになった。*16

というし、嘘か真か、日本人はインスリン分泌能が低いと言います。あまりすい臓を酷使しない食事を心がけるのは、悪いことではないでしょう。でも、それが減量に結びつくのかと問われれば、わたくしは判断できずにただ己の未熟さのみが身に沁みる、なのです。どうなの? エライ人!

*1:あとは「砂糖を摂ると血糖乱高下で凶暴な子になっちゃうよ!」的なやつ。

*2:http://ci.nii.ac.jp/naid/110006979463

*3:http://ci.nii.ac.jp/naid/80015987150

*4:しかしこれ、どんな食事をさせたかあまり詳しく書いていないので、各食事のエネルギー量とか炭水化物量とかがどんなものなのかよくわかりません。

*5:血糖値

*6:http://ci.nii.ac.jp/naid/110006979463

*7:もしくは、すでにインスリンの分泌が悪くなっているから血糖ピークが後ろに下がる。

*8:http://ci.nii.ac.jp/naid/110007543571

*9:というか、僕のイメージしていた

*10:ついでに言えば、血中インスリン濃度は「和食<洋食+繊維添加食<洋食」で、洋食+繊維添加食はちょうど和食と洋食の中間あたりのインスリン濃度を示している。決して、「インスリン分泌を刺激しない」わけではない。

*11:http://ci.nii.ac.jp/naid/80015987150

*12:同じく、消化吸収に時間をかけるために、高脂肪食にするという手もあるでしょう。詳しくは知りませんが、糖尿病のカーボカウントは血糖のコントロール=炭水化物のコントロールに焦点を絞った食事法で、そのためには高脂肪食も辞さず、なのでしょう。ただその結果は必ずしも減量ではないようで、「カーボカウントの活用により、食生活の自由度が増し、QOLは向上したが、体重増加などのデメリットがある」(『食品交換表とカーボカウントの使い分け』臨床栄養 Vol.113 No.1 2008.7)とのこと。

*13:空腹時血糖異常

*14:75gブドウ糖負荷試験

*15:耐糖能異常

*16:水谷正一, 山田信博『食後高血糖の意義と薬物療法』臨床栄養 Vol.113 No. 1 2008.7