香辛料の使い方

 ヨーロッパ人が十五世紀以降東南アジアにやってきたおもな動機は、スパイスや香木に代表される熱帯の香辛料、金などを手に入れるためである、と説明されることが多い。(略)
 これまで、現代の使用方法をもとに考えてスパイスその他の香辛料は肉の保存や香りづけ、つまり調味料であると暗黙のうちに理解されてきた。
(『病と癒しの文化史*1』p8)

 確かに、はるか以前、中高生の頃勉強した世界史の記憶によれば、そのように説明されていたように思います。ですが著者は、これが違うのだとおっしゃる。香辛料はもちろん調味料としても用いられたであろうが、それよりも薬として珍重されたといいます。

 しかもこの薬、飲むだけではなく炊くのです。

 興味深いことに、中世から近世の初めまで悪疫と伝染病(特にペスト)に悩まされていたヨーロッパ人は、その原因が悪い風と悪臭にあり、その悪臭を消すには刺激に強いものが必要であると考えたようである。胡椒は防腐剤としてもっとも効くと信じられていたため、ある町が疫病に襲われると、町全体に胡椒をまいたり、要所では炊いたりしたという。
(同 p11)

 悪疫の原因が悪い風と悪臭にあるという考え方は、結構最近までつづいていたようで、同書の後ろのほうではジャカルタを植民地支配したヨーロッパ諸国が、18世紀にもなってマラリア対策として水路などを整えた話が出てきます。これ、結果的に蚊の発生を抑えそうなので効果があったのかもしれませんが、基本的には空気をよくするという目的だったとか。

 さらに、今たまたま読んでいるフーコーの記載によれば、18世紀後半にフランスで発達した都市医学は、健康を維持するために都市の水と大気の流通を管理するのが目的であったといいます。

 大気は瘴気を運ぶし、大気の過度の冷たさや暖かさ、乾燥や湿気は人体に影響するし、そしてまた大気は力学的な影響を通じて身体に直接的な圧力をおよぼすから、大気は人体に直接的な影響を引き起こすというのは、十八世紀においてもすでに古くから信じられていたことでした。大気は、もっとも重大な病因のひとつと見なされていました。
(『生政治・統治*2』p186)

 というわけで、大気が主要な病因のひとつであるならば、その大気を浄化するために香辛料を炊く、というのも、まあ発想として頷けるなあと思うのです。

 なので、ペストが発生した際に採られる施策として

(5)香料や宗教用の香を用いて、家ごとに消毒する。
(同 p182)

というのにも、香辛料が使われていたのかもしれません。

 現代的な発想でものの使用法を決めつけてはいけないと、このように『病と癒しの文化史』の著者はおっしゃったのでした。

生体膜は、食事脂質の脂肪酸組成を反映する

身体のあらゆる生体膜は、食事脂質の脂肪酸組成を反映する。
(「ジャパニーズ・パラドクス」*1

 たんぱく質などはアミノ酸レベルまで解体されたのち再構築される。豚由来だろうが魚由来だろうが蛇由来だろうが、たんぱく源となった食品のアミノ酸組成などは反映されない。

 でも、脂質は違う。生体膜は食事脂質の脂肪酸組成を反映すると、このようにおっしゃる。したがって、

魚を食べれば魚の、ブタを食べればブタの、ウシを食べればウシの脂肪酸組成が、そのまま、私たちの体を構成する100兆個の細胞の細胞の膜組織に置き換わるのである。
(同上)

 なかなかにかっこいい言葉です。

 ただ、一応不飽和かとか鎖延長とかできるわけだし、食事由来そのままの脂肪酸組成ってことはないんじゃないかと思うんですが。実際はどうなんでしょうねー、という疑問を提示するだけのゆるい更新なのですよ。

アスパラガスのアスパラギン酸

疲労回復にいいよー。アスパラギン酸って、栄養ドリンクに書いてあるでしょ。アスパラガスから抽出されます」

 と言ってアスパラガスを並べている八百屋さんがいらっしゃいました。アスパラギン酸疲労回復にいいのかどうかはとりあえず置いておいて、アスパラガスを売り込むのにアスパラギン酸を出すというのは、果たして的確なのでしょうか。

 確かに、アスパラギン酸を学習する際には、小話のひとつとして、アスパラガスから抽出されたというのもセットでついて来るかもしれません。しかしながら、アスパラガスは所詮野菜です。たんぱく含有量自体がたいしたことないだろうから、たんぱく質を構成するアミノ酸の一種であるアスパラギン酸にしたところで、実際のところたいして含有していないのではないか。このような疑問が沸き起こったのでした。

 というわけで、調べてみましょう。

 食品の栄養価を調べるには「日本食品標準成分表2010」ですが、食品のアミノ酸組成を調べるのには、「日本食品標準成分表準拠 アミノ酸成分表2010」という便利なものがあります。

 これによると、アスパラガス100gあたりのアスパラギン酸量は、430mgとなっています。さて、これは多いのでしょうか、少ないのでしょうか。

 このアミノ酸成分表2010には、野菜類として43種収載されています。このなかで一番アスパラギン酸含量が多いのは「えだまめ」で1,500mg、次が「そらまめ」で1,100mgとなっています。

 「えだまめ」「そらまめ」って、そりゃあ食品分類的には「野菜」なのかもしれないけど、でも感覚的には豆でしょー。「野菜」分類でアミノ酸含量の勝負するの汚くない? とも思うわけで、「えだまめ」「そらまめ」「グリンピース*1」、あと乾物の「かんぴょう*2」を抜かした、野菜39品目のなかでアスパラギン酸含量のランキングをすると、以下のようになります。

No. 食品 アスパラギン酸(mg)
1 だいずもやし 890
2 れんこん 690
3 たけのこ 670
4 さやえんどう 470
5 ブラックマッペもやし 440
6 アスパラガス 430
7 にんにく 400
8 ブロッコリー 390
9 さやいんげん 320
10 オクラ 320
10 からし 320
10 春菊 320
10 ほうれん草(冷凍) 320

 アスパラガスは、39品目中6番目でした。確かに、野菜の中では、アスパラギン酸は多いほうであるとは言えそうです。

 では、ほかの、たんぱく質自体が多い食品のアスパラギン酸含量と比較するとどうなるのでしょうか。

 さきほど「えだまめ」と「そらまめ」を反則だとして除外したことからもわかるように、たんぱく質源と考えられる食品ほぼすべて*3は、アスパラガスよりも多くのアスパラギン酸を含んでいます。

 魚介類では、貝類のいくつかと「なまこ」「ほたるいか」を除けばすべて4桁ですし、肉類では肉の「脂身」、鶏肉の「皮」以外の食品が、卵類ではすべての収載食品が4桁です。

 ちなみに、主食としてよく食べる(=その食品から多くの栄養素を摂取するであろう)「穀類」を見ると、食パンで350mg、コッペパン360mg、フランスパン390mg、炊いたご飯(精白米)で220mgのアスパラギン酸を含んでいます。

 主食でそこそこ摂れて、主菜でがっつりと摂れるアスパラギン酸。仮に疲労回復効果があったとしても、野菜でその摂取を考えなくてもいいんじゃないかなあと、このように思ったのでした。

*1:可食部100gあたりに、アスパラギン酸620mg

*2:可食部100gあたりに、アスパラギン酸540mg

*3:「ほぼ」としたのは見落としが考えられるのと、人によってこれもたんぱく質源だろうと考える食品が違うかもしれないから。

カルシウムの吸収について

 先日取り上げた『最新栄養学』*1には、いくつかの食品についてのカルシウム吸収率が載っている表があるのですが、そこに載っていた白菜とブロッコリーがすごかった*2

svサイズ(g) カルシウム含量(mg) Ca吸収率(%) 吸収可能なCa量(mg)/sv
牛乳 240 300 32.1 96.3
白菜 85 79 53.8 42.8
ブロッコリー 71 35 61.3 21.5

 もちろん、液体の牛乳はたくさん摂ることが簡単ですが、白菜とブロッコリーはそういうわけにはいきません。表で見ても、1サービングあたりのカルシウム吸収量は、牛乳に劣っています。

 でも、カルシウム吸収率がいいと言われる牛乳で32.1%なところ、50%越え、ブロッコリーに至っては60%越えです。これはかなり驚異的な数字でしょう。ちなみに、カルシウム吸収を阻害するシュウ酸を多く含んでいることで有名なほうれん草は、カルシウム吸収率が5.1%となっています。

 なぜこんなに吸収効率がいいのでしょう。わからない、というのが今のところの答えのようです。

ブロッコリーのようなアブラナ科の野菜に含まれるカルシウム吸収効率が、なぜ乳製品をしのぐほど高いのかは不明である。
(p377)

 で、これを見たらたいていの人は、「ちょっとブロッコリーで効率的にカルシウム摂って来る」と青果売り場に走るんじゃないかと思うんですが、『最新栄養学』は、こんな表を出しといて、食品のカルシウムの利用効率はそんなに重要じゃないと言います。

 カルシウム吸収率はその溶解性が重要な影響を及ぼすという内容の文章の後で、

カルシウム補給源の溶解性は、これまでわれわれが考えてきたよりも重要性が低いかもしれない
(同上)

と言って、その理由として、だと思うのですが、カルシウム吸収を促進、または阻害するものの例を挙げます。

 たとえば、シュウ酸。「最も強力なカルシウム吸収阻害物質として知られる」そうなのですが、このシュウ酸とカルシウムが結合した場合、溶解度は0.04mmol/L。ほぼ溶けなくて、その結果吸収が阻害されてしまうわけです。

 同じく、カルシウム吸収を阻害するものとして有名なフィチン酸も、カルシウムと結合した場合完全には解離せず、細胞間隙を通過するには大きすぎるサイズとなってから、これまた吸収されにくくなるといいます。

大豆のフィチン酸含量が3倍になると、それに含まれるカルシウムの吸収効率は25%低下する。
(同上)

 逆に、吸収を促進するものとして知られるクエン酸リンゴ酸カルシウム(CCM)は、溶解度が80mmol/L。

著しく溶解度の高いカルシウム塩は、消化管でカルシウムがリン酸塩として析出するのを阻止するか、あるいは消化管上皮のカルシウム吸収能を変化させることにより、カルシウム吸収を促進する。
(同上)

のだそうです。

 で、

結論として、食事に含まれるカルシウムの評価にあたっては、吸収効率を過度に重視することなく、適切な総摂取量を確保することが重要だと言える
(p378)

と結ばれます。

 いやいや、これだけ吸収効率を変化させる要因を言っておいて*3、「結論としては、吸収効率じゃなくて総摂取量を考えましょう」というのも、唐突な結論ではないか思ってしまいます。

 おそらくは、「食品ごとのカルシウム吸収効率」を考えても、ほかの食品に含まれるシュウ酸だフィチン酸だ、クエン酸リンゴ酸カルシウムだカゼインホスホペプチドだ乳糖だと、まあいろいろな要因が必然的にからまってしまう。だから、食品ごとのカルシウムの吸収効率はあまり考えずに、とりあえず量を摂りましょうよ。ってことだと思うんですけど。

 なんかつながりの悪さを感じる文章なのでした。

ついでにいえば

 カルシウム摂取量が低い時でも、リン摂取量はカルシウム吸収にほとんど影響しない。
(『最新栄養学』p387)

とあるので、カルシウムの吸収について、リンもあまり考えなくていいのかもしれない。

*1:最新栄養学―専門領域の最新情報

*2:p377「食品のカルシウム吸収効率の比較」から。

*3:しかも、「重要性は低いかもしれない」と言っていた溶解性についての話ですよ。

カルシウムとリンについて

 以前「乳糖不耐症があるからって、牛乳否定しないでね!」というのを書いたのですが、そちらの記事におおむね以下のようなコメントをいただきました。

  • おおざっぱな数字として、牛乳100gあたりに含まれるカルシウムは120mg、リンが100mgである。
  • 吸収率はといえば、カルシウムが40%、リンが60%である。
  • したがって、牛乳100mgを飲んだとき、体内には48mgのカルシウム、60mgのリンが入る。
  • 成長期において推奨されるカルシウムとリンの摂取比率は、1:2であり、成人のそれは1:1である。
  • したがって、牛乳は成長期にはカルシウム源として優れているが、成人期には適していない。牛乳を飲めば飲むほどカルシウムが出て行ってしまう。

 さてさて、困りました。なにぶんにもわたくしは、生理学が得意ではありません。実のところ上記の内容のコメントを読んで、カルシウムとリンの摂取比率についてはどこかでやった記憶があるものの、なんでリンが多いとカルシウムが排泄されるんだっけ? と、その機序についてなんら思い当たるところがなかったくらいです。

 なので、せっかくの機会なので、カルシウムとリンについて少しばかり調べてみました。

摂取比率について

 これについては、学生時代にやった記憶がありましたので、当たるのは簡単です。というわけで学生時代の教科書を探せば、次のような記述を見つけました。

カルシウムとリンの比は1:2から2:1の間がよいとされている。
(『基礎栄養学*1』p131)

 ただ、今の文脈でこの記述をみたとき、気をつけることが2点あると思います。

 1つは、上記に紹介したコメントでは年代ごとの摂取比率について語っていましたが、ここでは特に年代についての記載はないということです。

 もう1つは、実のところ結構重要だと思うのですが、これは摂取比率であって、吸収量の比率ではないということです。

 一般に「摂取量」という場合、それは口にした栄養素の量であって、体内に吸収された栄養素の量のことではありません。たとえば、カルシウムの推奨量は15歳以上の女性で650mgですが、この数字には消化吸収率が加味されてます。

性及び年齢階級別の基準体重をもとにして体内蓄積量、尿中排泄量、経皮損失を算出し、これらの合計を見かけの吸収率で除して、推定平均必要量とした。(略)推定平均必要量を1.2倍して推奨量とした。
(『日本人の食事摂取基準2010*2』p195)

 したがって、15歳以上の女性はカルシウムを650mg摂りましょうと言った場合、体内に入る量ではなくて、口にする量が650mgということです。カルシウムとリンの摂取比率が2:1から1:2がいいと言った場合は、吸収される栄養素の量としてカルシウムとリンがその比であるのがいいということではなく、口にする栄養素の量としてカルシウムとリンがその比になっているのがいいというわけです。

 ですので、コメントに記された年代ごとの摂取比率(成長期はカルシウム1に対してリンが2、成人期は1:1)が仮に正しいとしても*3、牛乳を摂取することによるカルシウム:リンの摂取比は1:1を若干上回っているわけで、成人期において牛乳を否定する根拠にはならないのではないか、と思います。

体内で過剰のリンが骨を弱くする流れについて

 血中カルシウム濃度をコントロールするホルモンといえば、副甲状腺ホルモン(PTH)とカルシトニンです。副甲状腺ホルモンは血中カルシウム濃度を高めるほうに働き、カルシトニンは逆に血中のカルシウム濃度を低めるほうに働く、と、たいていは両者をセットで学ぶでしょう。

 ところが、成人の血中カルシウム濃度のコントロールに関して、カルシトニンは弱い作用しか持たないのだそうです。

 その第一の理由は、カルシトニンが血中カルシウム濃度を下げると、すぐに副甲状腺ホルモンが放出されて、カルシトニンの作用を打ち消してしまうから。第二の理由は、成人は骨へのカルシウム沈着がもともと少ないので、カルシトニンで血中カルシウム濃度を低める → 血中から骨へのカルシウムの移行が促されたとしても、たいした効果を発揮しないからだそうです。

 ゆえに、成人においては、血中カルシウム濃度をコントロールする最大の因子は、副甲状腺ホルモンということになるのだそうです。

 では副甲状腺ホルモンは、いかにして血中カルシウム濃度を高めるのでしょうか。作用する機序は3点あって、ひとつは、ビタミンDの活性化を通した腸管からのカルシウム吸収の増加させること、もうひとつは、腎尿細管でのカルシウムの再吸収を増加させること、最後のひとつは、骨のカルシウムを血中に移行させることです。

 さて、このような副甲状腺ホルモンですが、血中カルシウム濃度だけではなく、血中のリン濃度に関しても、大きな影響を持っているといいます。副甲状腺ホルモンが分泌されると、リンの排泄が促される、つまり、副甲状腺ホルモンは、血中リン濃度を下げる方向に働くそうなのです。

PTH*4は腎臓によるリン酸排泄を大きく増加させることができ、それによって血漿カルシウム濃度と同様に、血漿リン酸濃度の調節に重要な役割を果たす。
(『ガイトン生理学*5』p1040)

 こう聞くと、なるほど、過剰にリンを摂取すると血中のリン濃度が上昇し、それを下げるために副甲状腺ホルモンが分泌される、その結果、リンは排泄されて血中のリン濃度は下がるけれども、骨からカルシウムが溶け出して骨密度が低くなってしまうのだなと、このように早合点してしまいがちです。しかしながら、どうもそうではないようです。

PTH分泌を促進する高リン血症レベルは生理的範囲をはるかに超えている。
(『最新栄養学*6』p393)

 生理学が苦手なわたくしには生理的範囲というのがどの程度なのかつかめないのですが、しかしものすごい言いようです。リンの血中濃度が高くなったこと自体で、副甲状腺ホルモンの分泌が促されることはまずないのでしょう。

 しかしでは、過剰のリン摂取で副甲状腺ホルモンが分泌されることはないのかと言えば、これもそうではないらしいです。実際、ほとんどの臨床試験においては、リン酸の過剰な負荷で副甲状腺ホルモンの上昇が見られる*7と言います。原因は高リン濃度自体ではなく、血中に多くなったリンがカルシウムと結合して塩を形成、それによって血中のカルシウム濃度が下がってしまうから、だそうです。

 血中のカルシウム濃度が下がれば、それを上げるために副甲状腺ホルモンが分泌されます。そうすると、腸管からのカルシウム吸収が増え、腎尿細管からのカルシウム再吸収が促され、骨のカルシウムが血中に移行します。その結果、血中のカルシウム濃度は通常範囲に戻されるわけですが、しかし、骨のカルシウム量はわずかながら減少します。

 体内の過剰なリンは、このような流れでもって、骨のカルシウムを減らしかねない要素を持っているようなのです。

実際はどうなのか

 以上は、理論としての話です。そのような機序が体に備わっているとしたところで、本当にそのように流れるかどうかは、また別問題でしょう。実際のところ、過剰なリンの摂取は骨のカルシウムを減らし、骨を弱くするのでしょうか。

 これについては『最新栄養学』のリンの項目が詳しかったので、そちらを見てみましょう。リンの摂取で副甲状腺ホルモンがどう変化するか、のみならず、実際の骨形成・骨吸収はどのような影響を受けるかについての研究を紹介しています。

 それによると、

  • リン摂取(1,500mg)*8副甲状腺ホルモンの上昇、骨形成マーカーは低下、または不変。
  • 食事にリン酸塩を添加して1週間以上摂取 → 副甲状腺ホルモンは上昇、でも骨の再吸収マーカーは変化なし。
  • その他の研究でも、副甲状腺ホルモンの上昇は見られるが、骨吸収マーカーが有意に上昇することはなし。

とのことです。

 1番上の、骨形成マーカーの「低下」という結果だけは骨形成に関して不利な働きを示していると言えると思いますが、その他の結果については、副甲状腺ホルモンは上昇しているけれども、実際の骨吸収には影響を与えていないのではないか、と考えられます。

このように健康な腎臓を持つヒトが、高リン摂取で骨吸収マーカーが変化するという臨床的な証拠は得られていない。
(『最新栄養学』p393)

 ここで結論としちゃってもよさそうだと思うのですが、一応の予防線を張るためか、しかしながらと本文は続けて、骨代謝回転の骨吸収マーカーにわずかの変化があるから、骨成長に悪影響が及んでいる可能性を否定はできないとしています。

 また、介入研究ではなく横断研究として、デンマークで行われた閉経前後の女性に対する調査も紹介されています。それによると、骨密度と食事中の低カルシウム/リン比に正の相関が見られたそうです。カルシウム量よりも、低カルシウム/リン比と骨量に強い相関が見られたというのが、この研究の興味深いところです。

 現在*9のところ、低カルシウム食なのか、低カルシウム/リン比なのかを調べるために行われた研究は、わずかに1件だそうです。その唯一の研究である、ヒヒを対象にした介入研究では、

低カルシウム-正常リン食を摂取したヒヒでは、骨吸収の増加と低大腿骨灰分を示す組織学的証拠が見られた。一方、低カルシウム-低リン食を摂取したヒヒでは、骨軟化症を示す組織像が得られただけである。(同上)

といいます。

 「骨軟化症を示す組織像」が得られたことが、「得られただけ」と否定的見解を持って語られることなのかどうか、それと比較して「骨吸収の増加と低大腿骨灰分を示す組織学的証拠」が重みを持つことなのかは判断できないのですが、

成長期にある霊長類では、カルシウム/リン比が低い食事のほうが、カルシウムだけが低い食事よりも大きな害をもたらすように見える。(同上)

らしいです。

食事摂取基準さまに聞くと

 本当はこれだけでもよかったんじゃないか、と思う食事摂取基準さまなのですが、各論のリンの項目に骨とのからみが詳しく載っています。

リンの過剰摂取は(略)血清副甲状腺ホルモン濃度を上昇させる。しかし、それが骨密度の低下につながるか否かについては、否定的な報告もある。
(『食事摂取基準2010』p202)

とした上で、カルシウム摂取量が低い場合には、リンの摂取は用量依存的に副甲状腺ホルモンを増加させ、骨吸収マーカーの上昇、骨形成マーカーの低下という研究があって、カルシウム/リン比を考慮入れる必要があると示します。

 では、どのようなカルシウム/リン比であればリスクが高まるのか。食事摂取基準では3つ数字を出しています。

  1. カルシウム/リン比=0.26のとき → 血中副甲状腺ホルモン及び尿中骨吸収マーカーの濃度が上昇
  2. カルシウム/リン比=0.58以上 → 血中副甲状腺ホルモン及び骨代謝マーカーは正常
  3. カルシウム/リン比=0.74以上 → それ以下よりも骨密度が有意に高い

 最終的には、まだヒトでの研究は少ないから、これらをもとにリンの耐用上限量を設定するのは難しいとしています。

 ただ、この数字だけから単純に判断すれば、カルシウム:リン=1:4では骨吸収が盛んだけど、1:2では正常、1:1.3以上ならば、骨密度によい影響がありそうだと言えそうです。

 冒頭にあった牛乳に関するコメントに戻れば、牛乳のカルシウム:リンはざっと1.2:1でしょうか。もちろんほかの食品からも栄養素を摂取するわけで、牛乳だけで摂取するカルシウム:リン比が決まるわけではないですけど、カルシウムとリンの比に関して否定的に語られるいわれはないんじゃないかなあと、このように思ったのでした。

どうでもいいですが

 『最新栄養学』でも『食事摂取基準』でも、カルシウムとリンの絡みについての詳しい記述は、「リン」の項目に書かれています。なんか、カルシウムはリンのことなんか見向きもしてないんだけど、リンのほうはカルシウムのことが気になってしょうがない、そんなリンの片思いを感じてしまいます。頑張れ、リン。

*1:基礎栄養学

*2:日本人の食事摂取基準〈2010年版〉厚生労働省「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書

*3:ちなみに、この記事を書くために参照した資料(『基礎栄養学』『日本人の食事摂取基準2010』『最新栄養学』『ガイトン生理学』)では、年代別のカルシウム・リン摂取比率を見つけることはできませんでした。もちろん、本当は書いてあったけども、見つけることができなかっただけかもしれません。

*4:副甲状腺ホルモンのこと

*5:ガイトン生理学 原著第11版

*6:最新栄養学―専門領域の最新情報

*7:『最新栄養学』p392

*8:ちなみに、平成23年の国民健康栄養調査におけるリンの摂取量の平均値は954mgで、標準偏差は332mg。ただし、加工品からの摂取は含んでいない、はず。

*9:というのは、『最新栄養学』が執筆された当時でしょうけども。

そういえば過去にもやった、たんぱく質の摂取について

 とあるblogのコメント欄で、「日本人男性のたんぱく質必要量は60g、牛丼で言えば3杯なのだから、気をつけなければ不足する。プロテインでも如何か」なる旨のコメントを見かけて、疑問点が3つ沸き起こったのでした。

たんぱく質60g必要とはいかなる出典か

 まあこれに関しては、それほど他を想像することがなくこれだというのがありました。当たり前です。日本人の習慣的な栄養摂取量の基準値を定めているものと言えば、『日本人の食事摂取基準』以外にないでしょう。

 調べてみればその通りで*1、『日本人の食事摂取基準2010』では12歳以上の男性に関して、たんぱく質の推奨量が60gとありました。

 でもこれ、少し注意が必要だと思うのは、「推奨量」ってとこなのではないかと思うのです。

 推奨量は、その量を摂っていれば97.5%の人はまあ不足することはないでしょうという量です。別の指標に「推定平均必要量」というのがあるのですが、これはちょうどその量を摂っていた場合、不足する確率は50%、充足している確率も50%という量です。推奨量よりも低い推定平均必要量で50%の人が充足しているのだから、仮に60g摂っていないとしても、その人がたんぱく質が不足しているとは必ずしも言えないのです*2

 でも、一応、食事摂取基準を用いて個人の食生活を評価する場合には、推奨量摂っていればまあ安心できる量だし、推奨量以下の人は推奨量を目指しましょうね、ということにはなっています。

牛丼3杯がほぼたんぱく質60gとは本当か

 単純にgoogle先生に聞いてみました。

エネルギー(kcal) たんぱく質(g) 脂質(g) 価格(円)
吉野家*3:並盛り 674 20.4 22.4 280
すき家*4:並盛り 634 21.0 14.3 280
松屋*5:並盛り 743 19.4 26.4 280

 値段とか脂質とかはどうでもいいんですがせっかくなので入れてみたところ、さすが各社、同じ「並盛り」は同一価格で提供しているんだなあ、あとすき家の牛丼は他二社と比較して脂質控えめなのだなあとの、どうでもいい感想を抱きました。

 しかしそれは置いておくとして、各社とも並盛りのたんぱく質はおおむね20g前後で、3杯食べるとほぼ60gになります。

 個人的にはこれは意外で、というのも、ささやかながら栄養価計算をして献立を立てる際、たんぱく質が不足して困ったことは今までありませんでした。それも、普通に家庭で食べるにはちょっと小さいだろうというような魚の切り身、肉の切り身を主菜にしてのことです。たんぱく質の基準値なんで余裕だよーと、高をくくっていたのですが、牛丼3杯ですかそうですか。そう聞くとなかなか手強そうです。

 それでも一応踏みとどまりたいのは、松屋を別にすれば、吉野家すき家もエネルギーが700kcal未満だと言うことでしょうか。

 やはり『食事摂取基準2010』によれば、18歳から49歳までの日本人男性のエネルギーの推定エネルギー必要量は、2,650kcalです。牛丼3杯でもまだ足りない、計算上はほぼ4杯食べてようやく必要量を満たされる。このように言うと、エネルギーの必要量を満たすのも難しく聞こえて来ます。しかし、実際は過大なる体重に悩まれているかたも多い。ということは、牛丼4杯とほぼ同じ、ぱっと聞くと満たすのが難しそうなエネルギー必要量にしても、簡単に満たしちゃってるんじゃないのと言いたくなります*6

 つまりは、牛丼って一見、肉とご飯でエネルギーとたんぱく質が豊富そうだけど、並盛りだとそれほどたいしたことない、ビタミン・ミネラルはもとより、得意分野(?)のエネルギーとたんぱく質にしたところで、それだけ食べてると栄養不良になっちゃうよ! ということでしょうか。

たんぱく質60gとは、気をつけなければ不足する量なのか

 もっとも大切なのはここでしょう。わたしたちはプロテインを使うべきなのでしょうか。

 経験上は、イヤそんなわけないじゃんと思います。先ほども記したように、ささやかな献立作成の経験では、たんぱく質の必要量は気にすることなく満たしていました。牛丼よりも肉々しくない、ごく普通、もしかしたらそれ以下の量と思われる主菜を使ったって満たせていたものが、そんなに難しいわけないじゃないと。

 しかしこれだけでは、残念ながら説得力を持たないでしょう。わたくしが天下に名を馳せた栄養学者であればまた話も別で、狂信者が群れをなして同意してくれるでしょうし、わたくしがアフィリエイトリンクした怪しげな健康食品なども多いに売れるのでしょうが、残念ながらそのようなことはありません。したがいまして、なんとか、ありもしないわたくしの権威以外のものを持ち出して説得力とする他ありません。

 最近の国民健康・栄養調査は栄養摂取量の分布が簡便にしか記されなくなったようなのですが、日本人がどれだけの栄養を摂っているかについて、やはりこれを見るのが一番なのでしょう。

 平成23年度の資料によると、男性のたんぱく質の摂取量は

年齢区分 平均値 標準偏差 中央値
20-29 76.7 28.1 73.3
30-39 72.7 26.1 68.3
40-49 72.6 20.8 70.1
50-59 76.2 23.4 75.1
60-69 78.9 23.2 69.2
20歳以上 74.6 24.0 72.3

となっています。

 20歳以上のところでまとまった数値は見れるのですが、各年齢区分ごとに見ても、平均摂取量は70-75gあって、標準偏差は20-25gあるという傾向は変わりません。

 で、これをどう解釈するべきなのでしょう。

 上に挙げたように、たんぱく質の推奨量は日本人の成人男性で60gです。平均値で推奨量は満たしていますが、標準偏差が20g程度あるので、結構な人数は推奨量以下の摂取量であると言えるそうです。

 しかし、やはり上に挙げましたが、たんぱく質には推定平均必要量という指標もあって、日本人の成人男性のそれは50gです。大雑把に言わせてもらえば、平均値から標準偏差を引けば、各年代ともだいたい50gになります。

 google先生に聞いたところ、平均から1標準偏差とると集団の68.27%がその中に入るそうなのです*7。ということは、(100-68.27)/ 2 で、だいたい16%の人が推定平均必要量以下にいるということでしょうか。

ある集団において、習慣的な摂取量が推定平均必要量よりも低い人びとの割合(%)は、その集団における必要量を充足していない人びとの割合(%)とほぼ一致する。
(『日本人の食事摂取基準2010年版完全ガイド』*8p160)

というので、20歳以上の日本人男性の16%は、たんぱく質の必要量を摂取していないと言えそうです。

まとめ

 16%が結構な割合と考えるか否かは、人によって異なるでしょう。その考えによって、「気をつけなければ不足する」との意見に同意するかどうかも異なると思います。

 個人的には結構な割合だと思いますし、食事摂取基準の完全ガイドでも

給食施設での栄養計画とは、習慣的な摂取量が推定平均必要量以下の割合を2.5%以下にすることを目指すことである。(同 p176)

とありますから、目指すよりもかなり大きな割合が推定平均必要量以下にいると言えるでしょう。

 だから意外に注意が必要である、とは言えるとは思いますが、しかしわたくしのなかでは、普通に生活する人がプロテイン摂取を考慮したほうがいい量とまでは思えません。

 食事摂取基準2010年版では、たんぱく質において、それ以上習慣的に摂取しないほうがよい量としての耐用上限量は定められていません。しかしながら、これは現時点で耐用上限量を定める科学的根拠がまだ不十分だからで、

 40歳以下の健康な成人に1.9-2.2g/kg体重/日のたんぱく質を一定期間摂取させると、インスリンの感受性低下、酸・シュウ酸塩/カルシウムの尿排泄量の増加、糸球体ろ過量の増加、骨吸収の増加、血漿グルタミン濃度の低下などの好ましくない代謝変化が生じることが報告されている。
(『日本人の食事摂取基準2010』p69)

との懸念は表明されていて、2.0g/kg体重/日未満にとどめるのがよいだろうとは言っています。

 普通の生活をしている人*9が安易にプロテインに走るのは、過剰のリスクも含めてどうだろうかと思うのです。それよりは魚や肉の切り身をちょっと大きくするとか、その程度の工夫で十分なのではないでしょうか。

そういえば

 過去に同じようなことをやっていたのを思い出した。

追記

 日本食品標準成分表をざっと見ると、肉でも魚でもだいたい100gあたりたんぱく質20g前後あるので、3食にちゃんと主菜をつける程度の注意でいいような気がしてきた。

さらに追記(2013.06.11)

 doramaoさんが素晴らしい記事でこの内容を取り上げられています。わたくしの記事だけだとどうも誤った結論になってしまいそうなので、そちらに飛ばれることをおすすめします。

 むしろそっちから飛んできたって? そうですよねー。

*1:というか、調べずにたんぱく質の数値くらい出てこいよ、というのが本当なのかもしれませんが

*2:まあ逆に、60g摂っているからといって絶対に充足しているとも言えないのですが

*3:http://www.yoshinoya.com/menu/don/gyudon.html

*4:http://www.sukiya.jp/about/common/pdf/nutrition.pdfhttp://www.sukiya.jp/menu/in/gyudon/100100/index.html

*5:http://www.matsuyafoods.co.jp/menu/gyumeshi/gyumeshi.html

*6:ちなみに、18歳以上の女性でも70歳未満はエネルギー必要量1,900kcalを下ることはないので、牛丼並盛り3杯食べてようやく満たせるエネルギー量と言えます。

*7:経済指標のかんどころ内の、平均と標準偏差

*8:http://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=746100

*9:ちょっと運動している人もここに含む。「軽度ないし中等度の運動(200〜400kcal/日)を行った場合には、たんぱく質必要量は増加しないことが報告されている」(『日本人の食事摂取基準2010』p63)

脚気が想像以上に怖かった

 栄養士を養成する学校でも、また管理栄養士の参考書でも、栄養学史に軽く触れることがあるのですが、そこでは3人の日本人が登場します。栄養研究所を作った佐伯矩、食事によって脚気を予防した高木兼寛脚気を予防する成分オリザニン(=ビタミンB1)を発見した鈴木梅太郎の3人です。3人のうち2人は脚気ビタミンB1関連なので、両者にはなんとなく親しみを覚えることになるのです。

 さて、高木兼寛は海軍医だったらしく、軽く触れる栄養学史では、「海軍医の高木兼寛脚気の予防」程度の連想で覚えてしまいます。したがいまして、「江戸煩い」という言葉は聞いてはいたものの、脚気で苦しんでいたのは主に海軍さんなのかと思ってしまっていたのでした。

 しかしながら、先日チアミナーゼ関連を調べていて、手に取った資料のひとつ『ビタミン学2 水溶性ビタミン』*1に載っていた、脚気の死亡年次推移の表がすごかった。これを見ると、脚気がいかに恐ろしいものであったかがわかります。

年次 実数 人口10万対
明治35年 11,097 24.4人
40年 8,761 8.2
大正元年 4,744 9.2
5年 16,459 30.1
10年 22,633 40.4
12年 26,772 46.5
昭和元年 12,102 20.1
5年 15,407 24.1
10年 10,042 14.6
15年 7,179 10.0
22年 8,596 11.0
27年 2,439 2.8
39年 117 0.120
40年 92 0.090
45年 20 0.019
50年 10 0.009

 大正時代から昭和初期にかけては、毎年ほぼ万単位の人が亡くなっていて、ピークにあたる大正12年には、2万5千人以上の人が脚気によって命を落としています。栄養素の欠乏症で1万人以上、年によっては2万人も亡くなっているなんて、ちょっと想像できません*2

 「おじいちゃん、おばあちゃんが食べていたものを食べるのが食育」と、とある先生は仰っていたけれども、その食事、栄養失調のリスクは大丈夫なの?

話はそれるけど

 上でも記しましたが、授業等で軽く触れる栄養学史においては、各人の業績が本当に軽く触れられるだけなので、発見の詳しい状況などはまったく知りませんでした。今回書くにあたって、手元にあった『栄養学の歴史』*3脚気の項を読んでみたところ、次のような記述がありました。

(1882年の12月から普通の食料を積んでニュージーランドに向けて出向した軍艦龍驤では)272日の航海の後に376人の乗員のうち169名が脚気にかかりそのうち25人が死亡した。この原因を追及するために高木の要請に基づいて同じ航路および日程でふつうの食事にコムギミルク肉を追加して航海を行うことになり軍艦筑波は1884年2月に出発した。(略)287日の航海のあいだに乗員333人のうちで脚気にかかったのは14人で死者は出なかった。
(『栄養学の歴史』p62-63)

 当たり前のことなのかもしれませんが、しっかり対照実験を行っていて、このような明らかな結果があったことなのだなあと、感心したのでした。

*1:ビタミン学 (2)

*2:ちなみに、人口10万あたり40人以上って今だとどれくらいだろうかと調べてみると、死因の第6位「老衰」で41.4人、7位の「自殺」だと22.9人。(平成23年の人口動態統計より)

*3:栄養学の歴史 (KS医学・薬学専門書)